2020年10月18日日曜日

初冠雪した八ヶ岳連峰

昨日は蓼科高原では朝から一日中雨が降っていましたが、八ヶ岳連峰の上の方は雪になっていたようです。

昨夜のうちに雨は止んで、今朝はきれいに晴れました。
我が家のベランダに置いてある温度計は最低気温1度を示していました。この秋一番の冷え込みです。

<蓼科高原から見る初冠雪した蓼科山 2020年10月18日09:18>

ランディと朝の散歩に出ると、散歩道から見る蓼科山は頭に白い帽子をかぶった様です。
八ヶ岳連峰は初冠雪です。

<散歩道のから見る雲海と、向こうの乗鞍岳 2020年10月18日09:24>

斜面の上を行く散歩道からは、その西側、眼下に見事な雲海が眺められました。そのずっと向こうには白くなった乗鞍岳が見えます。
おそらく蓼科高原の標高1,300m辺りでは濃い霧になっているのでしょう。

<蓼科高原から見る北横岳 2020年10月18日09:28>

蓼科高原の北側に見える北横岳も上の方は白く冠雪しています。

<散歩道の紅葉とランディ 2020年10月18日09:32>

昨日の降り続いた雨からは一転、気持ちの良い朝の散歩でした。


2020年10月17日土曜日

見頃になってきた蓼科の紅葉

ここ二日ほどで、蓼科高原、標高約1,600mの我が家周辺の紅葉は一気に見頃になってきました。

<散歩道のランディ、向こうに見えるのは茶臼山 2020年10月16日10:01>

ランディと毎日散歩していて、一日一日、木々の色合いが違っていきます。

<別荘地内の紅葉したモミジ 2020年10月16日10:16>

モミジなどの広葉樹は今、鮮やかに色付いています。

<蓼科高原の紅葉 2020年10月16日10:40>

広葉樹の紅葉がまもなく終わると、次は針葉樹のカラマツが黄金色に変わってくるでしょう。

<近所の紅葉と、向こうの蓼科山 2020年10月16日10:43>


2020年10月15日木曜日

霧の中の紅葉

用事があって、1週間ちょっと東京に帰っていて、昨日、14日(水)午後にまた蓼科の山荘に戻ってきました。

<霧に包まれる我が家の庭とランディ 2020年10月15日08:20>

今日は朝から我が家の周辺はずっと霧です。
ランディとの散歩も霧の散歩道。

<霧の朝の散歩道 2020年10月15日08:36>

霧の中に見える紅葉もそれなりに味があります。

2020年10月11日日曜日

妻への最後のギター演奏


私の妻が他界して約1ヶ月半が過ぎました。
いろんな手続きや届け出などの内、急ぐものはだいたい終え、ちょっと一段落しました。

私の趣味のクラシックギターには、ここ4ヶ月位あまり触ることができていませんでした。
少し落ち着いてきたので、ギターを引っ張り出してきて、またぼちぼち練習を始めました。

家で一人でギターを練習していると、私の妻のために最後にギターを弾いた時のことを思い出します。

長く抗がん剤治療を続けていた私の妻は今年5月には抗がん剤が使えない末期の状態となり、6月末に東京都内の聖ヨハネホスピスに入院しました。ここは妻が最後の時間を過ごす場所として希望していた所でした。
小金井市の桜町病院構内に独立した施設としてある聖ヨハネホスピスは素晴らしい環境にあり、妻の病室からは色々な花が咲く、きれいな庭が眺められました。

<妻の病室から眺める庭@聖ヨハネホスピス 2020年8月6日>

このホスピスに入院してしばらくすると、妻は「ギターを聴きたいから、弾いて」と私に言いました。私が妻からギターを弾いて、とリクエストされたのは結婚41年目にして、これが初めてのことでした。
この頃、妻は体力が衰えて、ベッドの上で体を起こすことも大変な病状になっていました。

妻の体調が良さそうに見えた8月6日に私はギターを担いで妻の病室に行きました。そして、妻のベッド脇で次の曲を弾きました。この中で「ひまわり」は妻から特にリクエストのあった曲でした。

☆フランシスコ・タレガ作曲        「ラグリマ」
☆     〃              「アデリータ」
☆ヘンリー・マンシーニ作曲(江部賢一編曲)「ひまわり」
☆さだまさし作曲(蓮見昭夫編曲)     「秋桜」
☆作者不詳                「禁じられた遊び」

<妻の病室でギターを弾く 2020年8月6日>

弾き終えると、妻は「上手になったね」と言ってくれました。
しかし、この頃の私はほとんどギターの練習ができていなかったので、私の演奏技術は劣化していたはずです。ただ、妻と私、二人だけのことを純粋に想って私はギターを弾きました。そういう気持ちを妻が感じてくれて、そう言ってくれたのかもしれません。

ちょうどこの20日後。未明、ベッド脇の私が見守る中、妻は静かに天国に旅立ちました。68歳と11ヶ月でした。

<新婚時代の思い出の写真 ~静岡市の日本平にて 1979年11月11日>

亡くなる前、妻は「私は幸せだ」、「私は天寿を全うした」と言いました。

2年8カ月に及ぶ、辛いこと、苦しいことがいっぱいあった妻の闘病生活、それを二人で闘ってきたこと、そして、これまでの妻への私の感謝の気持ち、それらは私のつたない表現力では到底言い表すことができません。

言えることは、私にとって妻と過ごした41年間は私の人生そのものだということです。

2020年10月7日水曜日

色付き始めた散歩道

昨日、6日(水)朝はこの秋一番の冷え込みでした。我が家のベランダの温度計は最低気温3度を示していました。

<ランディとの散歩道と、向こうに見える縞枯山 2020年10月6日11:31>

標高1,600mの我が家の周辺はようやく紅葉が始まりました。
9月に暑い日が多かったせいか、今年の紅葉は例年に比べて少し遅れています。

<我が家の近所の紅葉 2020年10月6日11:36>

毎日ランディと周辺を散歩していると、一日一日色付く木々が増えています。

<ランディとの午後の散歩道 2020年10月6日15:06>

少しずつ色合いが濃くなってくる高原を見ながらの散歩は心地良いです。

<散歩道の紅葉 2020年10月6日15:21>

これから寒さが深まるにつれて、紅葉は更に彩りが豊かに、そして、鮮やかになってくるでしょう。


2020年9月11日金曜日

ランディを愛した妻

私の妻は犬が好きでした。
ランディ(2008年9月~)をとても可愛がりました。

<山荘ベランダのランディ 2020年9月3日>

9月3日(木)にランディと一緒に久し振りに蓼科高原の山荘に戻って来て、1週間滞在しました。

いつもはランディとお父さんとお母さんの3人で来ますが、もうお母さんはいません。
お母さんは8月26日(水)に天国に向け旅立ちました。

<ランディと朝の散歩の時 2020年9月9日>

ランディはお母さんがいないことに気付いているはずですが、それを言葉で言えないことが切ないです。
このところ、時々ランディの眼に憂いを感じるのは私の気のせいでしょうか。

<ランディと妻@長門牧場 2010年10月11日>

妻はその前の犬、シェットランドシープドッグの「ロッキー」(1992年~2005年)もとても可愛がりました。

<ロッキーを抱く妻と次男@米国New Jersey州 1996年12月25日>

今は妻は天国から見守ってくれていることと思います。


2020年7月11日土曜日

新緑に覆われた蓼科高原

もう1週間経ってしまいましたが、7月5日(日)~6日(月)に約1ヶ月振りに蓼科高原の山荘に行きました。

<ベランダのランディ 2020年7月5日14:31>

梅雨の真っ盛りですから、曇ったり降ったりしていました。

<山荘庭のランディ 2020年7月5日14:23>

蓼科の山荘や周辺は新緑に覆われています。

<山荘近くを散歩中 2020年7月5日15:50>

蓼科高原は気温が低いせいか、梅雨時でも都会のようなジトっとした不快感はなく、さわやかで、サラッとした雰囲気です。