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2010年7月30日金曜日

新しいギターの練習方法


私はデジタル録音機、ローランド“EDIROL R-09”を持っていますので、たまに自分のギター練習の進捗状況を見るために、録音して自分の演奏の現状、問題点をチェックしています。しかし、それを保存して後で聴こうとか、どこかにアップしようという気にはなれませんでした。
その理由は、自分は30歳代の頃からギターを全く弾かないブランクの時期が25年間程あり、練習を再開した今も、未だに若い時の技術レベルに戻っていないからです。もう少し技術レベルが改善し、戻ってから録音保存しようと思っていましたが、最近はこのままでは何も録音記録できないまま歳をとって死んでしまうのではないかと言う気がしてきました。
そこで、定点観測のつもりで、練習過程の状況を所々で録音し、改善・向上したら後でまた録音し、差し替えればよいのではないかと言う気になってきました。
今回まず、2009年3月26日付ブログ記事で書いた、F.タレガ(又は、タルレガ)作曲「エンデチャ、オレムス」を録音してみました(エンデチャとは「哀歌」、オレムスは「祈り」の意味)。この曲は練習し始めてからもう1年半近くなるのですが、自分としては未だに仕上がった気になれず、忸怩たる思いがあります。

折角未完成のものを録音して聴いているので、併せて自分が好きなギタリストで、模範としたい演奏、この曲の場合は渡辺範彦氏の演奏も再度聴いてみました。私の演奏と渡辺氏の演奏を交互に何度も聴いていると、自分の演奏の足りないところ、欠点が明瞭になり、痛いほど良く分かります。
Endecha Oremus composed by F. Tarrega live in 1976

私の演奏は特に後半「オレムス」が未成熟です。高音部の音が切れ切れになりがちで、音色もきれいに出ていません。渡辺氏の演奏は音が流れるように綺麗につながっていて、素晴らしい演奏です。これは私の演奏技術が不十分だということですので、練習するしかありません。
また、渡辺氏の演奏は音の出方、響き方が全然違います。これは超一流の証でしょう。
こうして両方を繰り返し聴いていると、今は亡き、天才的ギタリスト渡辺氏から個人レッスンを授けてもらっているような気に勝手になってきます。これはレッスン料のかからない良い練習方法だと気がつきました。

2010年5月28日金曜日

新CD「渡辺範彦/パリ・ライヴ録音集」

2月10日~12日の記事でも書きましたが、2004年に56歳の若さで亡くなったギタリスト、渡辺範彦氏は1969年「パリ国際ギターコンクール」で日本人として初めて優勝し、天才肌の人と言われ、現在、私の好きなクラシック・ギタリストの一人でもあります。

しかし、彼の演奏で録音され残されているものは少ないです。ところが、先月23日に、パリ国際ギターコンクールでの優勝演奏を含むライヴ録音のCD『渡辺範彦/パリ・ライヴ録音集~コンクール&リサイタル:1969、70&76』が発売されました。私は発売元の山野楽器に注文し、早速ネット通販で購入しました。

image from www.flickr.com


このCDには、1969年の第11回パリ国際ギターコンクール本選の録音(下の1~4)、1970年に国際ギター・フェスティヴァルに招かれた折のライヴ録音(下の12)、1976年の第18回パリ国際ギターコンクールでの客演演奏(下の5~11)が集められています。

『渡辺範彦/パリ・ライヴ録音集 ~ コンクール&リサイタル:1969,70&76』
   1  幻想曲 (4:03)                            ~ ジョン・ダウランド (1563~1626) 
  2 
ソナタ 第3番より 第2楽章 ニ短調 アンダンテ「シャンソン」 (3:52)
                             ~ マヌエル・ポンセ (1882~1948) 
  3 
ソナタ 第3番より 第3楽章 ニ長調 アレグロ・ノン・トロッポ (5:20)
  4 
マズルカ (5:27)          ~ アレクサンドル・タンスマン
(1897~1986)
  5 
パイパー船長のガリアード P.19 (2:22)  ~ ジョン・ダウランド (1563~1626) 

  6 
メランコリー・ガリアード P.25 (2:32)      ~   同上  
  7  ハンソン夫人のパフ P.54 (1:33)          ~   同上 
  8
 組曲「カヴァティーナ」 1.前奏曲 (3:00) ~ アレクサンドル・タンスマン
  9 組曲「カヴァティーナ」  2.サラバンド (2:50)
  10 組曲「カヴァティーナ」 3.スケルツィーノ (2:29)
  11
 組曲「カヴァティーナ」 4.舟歌
(2:52)
  12 
組曲第4番 ホ長調 BWV.1006aより    ~ J.S.バッハ (1685~1750) 
   第1曲 前奏曲 (4:18)
 image from www.flickr.com


今回のCDはご遺族の強い願いによって実現したものだそうです。CDのジャケットの中で、家族の言葉として次のように述べられています(下の写真)。

 CD発売への思い>
・・・(他界して間もなくの) 2004年春、家族は範彦にゆかりのあるフランスの都市を訪ねました。パリでは「第11回パリ国際ギター・コンクール」(1969年)が行われたラジオ・フランス(旧フランス国営放送)を訪ね、コンクール会場であった『メシアン・ホール』を見学しました。そのとき対応してくれた女性職員の素晴らしい機転により、優勝を飾った範彦の演奏録音に出会うこととなりました。この信じられないような巡り合わせに、家族は驚きと感動を覚えました。そしてその演奏を初めて聴いて心に浮かんだ言葉は、純粋、無垢の他にありませんでした。パリの舞台でひと際輝いた22歳の演奏を残しておきたいと思い、家族の中でメモリアルCD発売への夢が膨らみました。 ・・・・・ 
        2010年2月   渡邊悦子、史彦、恵美理  」  

image from www.flickr.com


第11回パリ国際ギターコンクール本選の録音(上の1~4)はモノラルで音質はイマイチですが、CD化を目的として録音したものではなかっただろうことを考えれば、止むを得ません。しかし、パリ・コンクール史上初の審査員全員一致での圧倒的優勝となったその演奏の内容は十分分かります。1976年第18回パリ国際ギターコンクールでの客演演奏の録音(上の5~11)は音質も良く、渡辺氏の演奏の味がよく楽しめます。

今回のライヴ録音のCDも私は繰り返し聴いていますが、渡辺氏の演奏にはいつも気品があり、かぐわしい香りが漂っています。

2010年2月12日金曜日

ギタリスト渡辺範彦氏 ~経歴 (3/3)



ギタリスト渡辺範彦氏の経歴をたどります。私は渡辺氏と同年生まれで、同じ時代背景の中を生きてきましたので、特に興味をおぼえます。

*渡辺氏は1947年9月11日に宮崎県に生まれ、3歳の時に神戸に転居しました。
*8歳からギターを始め、11歳、小学校5年生になってギタリスト松田二郎氏に師事しました
・・・・・私の育った静岡では、地元の公立小学校で、当時習い事をしている男の子は殆どいませんでした。一般庶民はそんな余裕のない時代でした。ですから、渡辺氏は当時としては幼少時から英才教育を受けていたことになるでしょう。
*母親はラジオやテレビの番組で息子に力試しをさせたいと、応募をし1958年、11歳の時には「読売テレビ・仲良し日曜音楽会」で優秀賞を受賞しました。
*1965年(18歳)と1966年(19歳)に2年連続して、日本ギター連盟主催日本ギターコンクール(現在の東京国際ギターコンクール)2位に入賞しました。
*1967年6月(19歳)に初めてのレコーディングをし、LP第1号がリリースされました。
*1969年(22歳)に第11回パリ国際ギターコンクールに出場し、日本人として初めて優勝。しかも史上初の審査員12人満場一致でした。(その後、日本人としては1977年に山下和仁氏が、1981年には福田進一氏がパリ国際ギターコンクールで優勝しています。)
*その後10数年に渡って演奏活動を行いました。
*しかし、1980年代後半から、次第にコンサート活動の量を減らしてしまい、いつしか演奏会から忘れ去られる存在となってしまいました。
*2004年2月肺ガンのため死去されました。 


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上述の、1967年にレコーディングされたものは、2007年に復刻され、CD 「DEBUT! NORIHIKO  - The first recording 1967」として発売されました(上の写真)。私は早速このCDをAmazonを通じて購入し、聴いてみました。この当時、19歳で、音色の面、技術の面、音楽性の面で、これだけ完成度の高い演奏をしている人がいたとは驚きでした。今とは違って、子供の時から本格的にクラシックギターを学んでいる人は少ない時代でした。



Marieta Mazurka by F Tarraga live in 1976
 (F.タルレガ作曲「マリエッタ」 渡辺範彦氏1976年のライブ演奏)


ところで、平凡な、アマチュア・クラシックギター愛好者である(と自分では思っている)私は高校2年の時に初めてギターを練習し始めました。
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静岡の県立高校に通っていましたが、私は2年に上がった頃(16歳)から勉強がスランプになり、まったく勉強する気がなくなりました。その代り、カルカッシ・ギター教則本を買ってきて、自己流でクラシックギターの練習を始めました。練習し始めると、夢中になり、のめり込んで、毎日のようにギターを弾いていました。そのため、高校2年の間に学校の成績はガタガタに下がりました。この時は独学のため、右手は全てアルアイレ奏法で弾いていました。


高校3年に上がる時に、このままでは入る大学がなくなってしまうと思い、ギターを封印し、大学に受かるまでギターは弾くまい、と決心しました。


1年後なんとか大学に入ることができ、受験勉強から解放されて、早速クラシックギターを再開しました。
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入学すると私は直ぐにギター部に入部しました。ここでは、先輩からたちまちアポヤンド奏法を教えられ、右手の弾き方を直されました。


このギター部は2年間でやめました。しかし、部活をやめた後も、大学生の間はギターは趣味として、特に用のない時は毎日のように下宿で弾いていました。当時、貧乏学生だった私にとってはギターを弾くことは最もお金のかからない娯楽でした。


卒業して、会社に入ってからは、週末に自分の慰みとして、独身寮で一人でギターを弾いていました。
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それまでは、大学1年の夏休みにバイトで稼いだお金で買った12,000円の「信濃」の安物のギターを使っていました。一生使えるようなしっかりしたクラシックギターが欲しいと思っていました。


少しはお金が貯まってきた30歳の時(1977年)に中出阪蔵製作のクラシックギターNo.3000(定価30万円)を購入しました。このギターは今も使っています。


しかし、30歳代に入って結婚し、子供が生まれた頃からギターを弾かなくなりました。以後、ほとんど全く私はギターから離れていました。


ところで、話をギタリスト渡辺範彦氏に戻します。渡辺氏は1980年代後半(つまり40歳頃)から徐々に演奏活動から遠ざかっていき、コンサートを行わなくなったそうです。これほどの才能と演奏技術を持った人がどうしてコンサートもレコーディングも行わなくなったのか、私は疑問を感じ、不思議に思います。渡辺氏のホームページの中の【渡辺範彦プロフィール】 には、43歳(1990年)頃より体調を崩し、療養生活に入る、と述べられています。健康上の問題が理由だったのかもしれませんが、私には情報がないのでそれ以上のことは分かりません。


渡辺氏は2004年2月に死去されました。その頃まだ私はギターから離れたままになっていましたので、このニュースさえ知りませんでした。


渡辺氏は56歳で早世され、残されたレコーディングも多くはないようです。しかし、中身は濃く、功績、ギター界への影響は大きなものだろうと思います。一度渡辺氏の生の演奏を聴いてみたかったと思います。


Sonatina Meridional by Manuel Ponce
(M.ポンセ作曲「南のソナチネ」 渡辺範彦氏1979年9月15日ライブ演奏)

2010年2月11日木曜日

ギタリスト渡辺範彦氏 ~完全主義 (2/3)


私はまず、やーさんのブログ「アメリカで開始したクラシックギター」の1月4日付記事『ギタードリーム誌(1)』で紹介されていた、渡辺氏についての記事が載っている雑誌『ギタードリーム』No.11、JUN-JUL 2008号をAmazon.co.jpを通じて取り寄せました。この号には、クラブ・マリアデュオによる故渡辺範彦夫人渡邊悦子さんに対するインタビュー記事が掲載されています(下の写真)。

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このインタビューの中で私が面白かったと思う箇所を下に転載します。


― どんな旦那さまでしたか?
渡邊(夫人):よく気をつかってくれましたね。たとえば、服を買いに行く時など一緒について来るんです。私の服に対してイメージがあるらしく、その通りの服が見つかるまでずっと探すんですね。私はもうこの辺でよいと思っていても、見つかるまで探す。
― イメージ的に純粋な方でしたよね。しかし、髪と服に注文なんて、すごいですね。 
渡邊:私よりいろんなことに気がついちゃうんですよ。それで何でも自分でやるんです。洗い物なんか茶碗でも何でもすごい力を入れて洗うんですよ。だからピッカピカ。掃除したら塵ひとつ落ちていない。隅々まできれいになっている。やり出したらずっとやる。毎日ではないですけれど。でも、家事なんかは私に任せてほしいなあと思いましたから、そういうところではマイナス10点。
― 演奏会がある時のようすは?
渡邊:それはもうすごかった。演奏会の3週間前くらいから、睡眠が1日3時間くらいで、ご飯も1食、あとはすべて練習。そういう生活でした。
― じゃあ、お風呂などの時間を考えても、18、9時間は練習なさってたんですか?
渡邊:そうですね。もうずっと。コーヒーとタバコをのみながら同じ場所を何回も繰り返していた。・・・・・
― すごいですね。さすが渡辺範彦師匠。奥様から見て師匠のギターへの接し方はいかがでしたか?
渡邊:とにかく全身全霊を込めていました。何かの折りに「聴く人を飽きさせない演奏をしたい」と言っていました。演奏家として復帰させたいと思っていたところで、亡くなってしまったのは本当に心残りです。 ・・・・・


これらの奥様の話からは、渡辺氏がこだわりを持ち続け、完全を目指す、完全主義者であったことがよく分かります。こだわりを持ち続け、完全を追及するということは芸術家には必要な資質だと私は考えますし、こういうタイプを私は好きです。

Villa Lobos Prelude No.5 live Sep 15 1979
(ヴィラ=ロボス作曲「前奏曲第5番」、渡辺範彦氏1979年9月15日ライブ演奏)

渡辺氏は1969年秋、22歳の時に第11パリ国際コンクールで日本人として初めて優勝し、しかも、史上初の審査員12人の満場一致で選ばれ、脚光を浴びました。

しかしながら、渡辺氏は完全主義者だったためか、完全に自家薬籠中としたもののみを録音ないしは演奏会で取り上げたそうで、その天才的と言われた才能のわりには、今我々が聴くことができる、録音された曲は少ないです。


 (この記事は続きます。)

2010年2月10日水曜日

ギタリスト渡辺範彦氏 (1/3)



ギタリスト渡辺範彦氏は私と同じ1947年(昭和22年)生まれで、2004年に56歳で肺ガンで亡くなりました。天才肌のギタリストと言われていました。


私は渡辺範彦氏の名前を最近まで知りませんでした。大学生の時には私は毎日のようにクラシックギターを弾いていましたが、卒業して会社に入ると、週末に慰みにギターを弾く程度になり、クラシックギター界の情報からは段々疎くなって行きました。30歳代に入って全くギターを弾かなくなり、50歳代後半になってギターの練習を再開するまで 約25年間全くギターから離れていました。


このため、国内、国外でどのようなクラシック・ギタリストがいるのかも分からなくなっていました。 


image from www.flickr.com
 



私が渡辺範彦氏の名前を知ったのは、フランシスコ・タルレガ(あるいはタレガ)作曲の「エンデチャ、オレムス」(Endecha, Oremus)を練習しようとして、参考にするためにYouTubeでこの曲を検索した時でした。


YouTube上でヒットした何人かのこの曲の演奏を聴いてみましたが、音楽性、音色共にずば抜けていると思ったのが渡辺範彦氏の演奏でした。そこで、2009年3月26日付の私の記事「F.ターレガ作曲「エンデチャ、オレムス」」にはその渡辺氏の演奏を掲載しまた(下に再度添付)。


Endecha Oremus composed by F. Tarrega live in 1976
(F.タルレガ作曲「エンデチャ、オレムス」 渡辺範彦氏1976年のライブ演奏)

この時はこれで終わっていましたが、先月、やーさんのブログ「アメリカで開始したクラシックギター」の2010年1月4日付記事『ギタードリーム誌(1)』でギタリスト渡辺範彦氏のことが紹介されていました。


やーさんのこの記事を読んだことがきっかけとなって、私は渡辺範彦氏に非常に興味を感じました。私が渡辺氏に興味を持った理由は(1)渡辺氏はこだわりを持ち続ける完全主義者だったらしいこと、(2)私と同じ1947年生まれで、私と同じ時代背景の中を生きてきたこと、の二つです。


(この記事は続きます)

2009年3月26日木曜日

F.ターレガ作曲「エンデチャ、オレムス」


フランシスコ・ターレガ作曲の「エンデチャ、オレムス」(Endecha, Oremus)を今、練習し始めました。
David Russell - Tarrega - Integral de Guitarra by Poran111

ヨーロッパでギターの巨匠と言われるDavid RussellのCD“ターレガ全集”「Tarrega - Integral de Guitarra」の中にこの曲が収められています。David Russellは独特の音色で、とても綺麗にこの曲を演奏をしています。


このCDを何度も聴いている内に私もこの曲を弾いてみたくなりました。

この曲は1909年に57歳で亡くなったターレガの遺作と言われており、endechaは哀歌・葬送歌、oremusは祈りの意味だそうです。哀愁に満ちた、とても美しい曲だと思います。
今練習中ですが、技術面よりも、曲想の付け方、表現の面が難しそうです。
YouTubeで検索したところ、プロギタリスト渡辺範彦氏演奏の「エンデチャ、オレムス」がアップされていました(下に添付)。Wikipediaで調べたところ、渡辺範彦氏は私と同じ1947年生れですが、 2004年に肺癌のため56歳で死去しています。パリ国際ギターコンクールに日本人として初めて優勝し、天才肌の演奏家だったそうです。下に添付したものも良い演奏です。
Endecha Oremus composed by F. Tarrega live in 1976