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2016年10月18日火曜日

木戸口神社小宮祭(御柱祭)

一昨日、16日(日)は我が家の近くの木戸口神社で小宮祭(御柱祭)が行われたので、家内と見に行きました。

数えで7年ごと(つまり満6年間隔)で行われる天下の大祭(奇祭)、諏訪大社の上社・下社の御柱祭(おんばしらまつり)は既に4月~5月に終了しました。
そして、諏訪大社の御柱祭が終わると、同じ年の8月下旬~11月上旬には諏訪地方に点在する大小様々な、100以上の神社(つまり、小宮)でも御柱祭(小宮祭)が行われるのです。

 <御柱の到着を待つ木戸口神社 2016年10月16日11:15>

木戸口神社の小宮祭では、御柱をメルヘン街道(国道299号)沿いの蓼科ビレッジ管理事務所の脇(標高1,320m)から、乙女の滝近くの標高1,240mの地点にある木戸口神社まで約2キロを人々が曳行します。

曳行は10時開始でしたが、私は朝ちょっとした用事があったので、家内と私は11時頃車で木戸口神社まで行って、近くに車を停め、曳行ルートを逆戻りして、曳行中の御柱の人々に合流しました。

 <みんなで曳行する御柱 2016年10月16日11:24>

ずいぶん大勢の人たちで御柱を引っ張っていましたが、今年は前回(6年前)と比べて約2倍の人々が集まったそうです。

 <御柱のめどてこに子供達が乗る 2016年10月16日11:29>

木遣りの歌、太鼓や進軍ラッパと共に御柱はゆっくり進みます。

ここ茅野市は諏訪大社・上社の地区で、上社地区の全ての御柱にはめどてこ(漢字で表記すると針孔梃子)と呼ばれるV字型の角のような大きな梃子棒が柱の前後についています。このめどてこを左右に揺らすと接地抵抗を軽減できて柱が曳きやすくなる効果があるのだそうです。

<御柱の曳行 10月16日11:28>

私達が合流した時には御柱の前のめどてこには子供達が乗っていました。

 <女性が乗る御柱 2016年10月16日11:37>

休憩の時に前のめどてこに乗るのは子供達から若い女性に交替になりました。

 <曳行中の御柱 2016年10月16日11:37>

素晴らしい秋晴れの中、曳き御柱は老若男女がそれぞれ楽しんでいます。

 <まもなく木戸口神社に到着する御柱 10月16日11:45>

そして、12時頃、御柱は木戸口神社に到着しました。

<女性が乗る御柱 10月16日11:43>

お昼の時間になったので、家内と私は近くの、メルヘン街道沿いのカフェ「グリュースゴット」(Grussgott)に行って、ランチを食べました。
午後1時半頃に木戸口神社に戻ってくると、御柱の頭を三角錐に切り落とす冠落し(かんむりおとし)が施されているところでした(下の写真)。

 <御柱の冠落し 10月16日13:35>

そして、御柱を建てる穴の所まで引っ張っていきます(下の写真)。

 <御柱を穴に設置する 10月16日13:55>

御柱は社殿の四方に建てられますが、小宮祭の場合には通常は3本は前もってトラックで運んできて、重機で建ててあります。残りの1本を本来のやり方で人力で曳いて、人力で建てます。

<建御柱の開始 10月16日14:25>

木遣り、進軍ラッパと共に建御柱が開始されました(上の動画)。

 <引き上げられる御柱 10月16日14:40>

御柱にはワイヤが巻きつけられ、車地という道具を人が押して廻して(上の写真)、ワイヤが巻きあげてられて、御柱は少しずつ建ち上げられていきます。

 <建ち上がってきた御柱 10月16日14:51>

御柱の上の方には地元の4人の若い男性が乗っています。

<建ち上がってきた御柱 10月16日14:54>

木遣り、進軍ラッパと共に御柱は垂直に近付いていきますが、小宮祭の御柱と言えどもかなりの高さがありますから、乗っている若い衆はしっかり命綱を付けています。

 <御柱が建ち上り万歳 10月16日15:09>

40分ほどかけて御柱は無事建ち上り、全員で万歳斉唱しました(上の写真)。

<建ち上がった御柱の前で宝投げ 10月16日15:12>

御柱が無事建ち上がった後は、社殿前で「宝投げ」です。紅白幕で巻かれた足場の上から大勢の参加者や見物人に向かって小さな「宝」がたくさん投げ込まれました。「宝」と言っても、中身は駄菓子やビニール風船などの小さなおもちゃのようでした。

小宮祭であってもやり方は諏訪大社上社・下社の御柱祭と同じで、「手抜き」はありませんでした。前回、6年前に家内も私も諏訪大社上社・下社の御柱祭を、里挽き、木落し川越し建御柱の全部を見ましたが、上社・下社ともにすごい人出、なんとか見るのが精一杯で細かい所はよく分かりません。しかし、小宮祭では冠落しの作業や、綱の巻き付け、車地などを逐一見ることができました。そういう点では小宮祭はとても興味深かったです。

2016年3月27日日曜日

御柱街道の綱置場

諏訪大社の御柱祭(おんばしらまつり)が始まりました。御柱祭は7年目毎の寅と申の年に、山から樅の大木16本(上社本宮・前宮、下社秋宮・春宮用に各4本)を切り出し、4箇所の各宮まで曳行して、社殿の四方に建てて神木とする勇壮な大祭です。

昨秋、辰野町の横川国有林から切り出されていた御用材が一昨日、25日に茅野市と原村の堺の綱置場に運び込まれました。そこで、今日午前、富士見町に出かけた帰りに、置かれている8本の御柱を見に行きました。

<御柱綱置場の石碑@八ケ岳中央農業実践大学校の農場北 2016年3月27日>

原村の八ヶ岳中央農業実践大学校の農場北に「諏訪大社・御柱綱置場」の石碑があって、ここが山出しの起点です。綱置場は御柱祭に使う元綱や曳き綱などを置いた場所だそうです。

<前宮四之御柱@御柱綱置場石碑前 2016年3月27日11:42>

この御柱綱置場石碑の前に「前宮四之御柱」が置かれ、里に向かう道路沿いに、今、本宮四、前宮三、本宮三・・・の順で8本の柱が並べられています。

<上社山出し出発地点説明看板 2016年3月27日>

石碑の前には「御柱祭・上社山出し出発地点」の説明看板が立っていました。

<前宮三之御柱 2016年3月27日>

上社(かみしゃ)の全ての御柱には、めどてこ針孔梃子)と呼ばれるV字型の角(つの)のような大きな梃子棒が前後に付けられますが、置かれている御柱にはめどてこを付けるための穴が既に開けられていました(上の写真)。


八ケ岳エコーラインと交わる一番塚交差点の手前まで、約300メートル間隔で御柱は並べられています。


先頭となる、一番下に置かれている「本宮一之御柱」はさすがに大きく、堂々としていました。


最初の見せ場、上社の「山出し」は4月2日(土)~4日(月)に行われます。

<上社御柱のの説明看板@本宮一之御柱前 2016年3月27日>

私と家内は前回、2010年の御柱祭の時に主な見せ場は、「木落し」、「川越し」から「建御柱」まで全て見ています。人気のある、勇壮な見せ場は大混雑で、見やすい場所を取るのも大変です。今回は見やすいものがあったら、ちょっと見る程度にするつもりです。

2011年9月19日月曜日

諏訪大社上社本宮



9月15日(木)は朝、用事があって諏訪湖畔に行き、帰りに諏訪大社上社本宮に寄ってみました。


ご存知のように、諏訪大社は諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社で、全国各地にある諏訪神社総本社であり、 国内にある最も古い神社の一つとされています。古事記と日本書紀には諏訪大社についての記述があるそうです。


去年の御柱祭を見物した際に、上社前宮、下社秋宮と春宮の3箇所の境内地には入ったことがあるのですが、上社本宮だけは直ぐ傍まで来て、中には入っていませんでした。

諏訪大社上社本宮鳥居 2011年9月15日 by Poran111

行ってみると、上社本宮は思った以上に敷地、境内が大きいです。
諏訪大社の特徴として、諏訪大社には本殿と呼ばれる建物がなく、代りに秋宮はイチイ(一位)の木を、春宮は杉の木を御神木とし、上社は御山を御神体として拝しているそうです。   神体山を拝すると言うだけあって、上社の社叢(神社の森)は11.5haもあり、落葉樹から成る自然林として長野県天然記念物に指定されています。


大鳥居をくぐり抜けて中に入ると、正面に塀重門が、そのすぐ左に一之御柱が建っています(上の写真)。社殿の四隅には一から四の、樹齢200年程の樅の巨木である「御柱」が建てられています(下の「案内図」をご参照)。


左に行くと、神楽殿があります(下の写真)。神楽殿は文政10年(1827年)の建立で、祈願者の神楽奉納の御殿です。その中にある大太鼓は神楽殿建立と同時に奉納され、皮は一枚皮が使われ、一枚皮(牛)では日本一との事。


下の写真中央の勅使殿は元禄3年(1690年)の創建。その右の五間廊は安永2年(1773年)の建造で、廊下様式切妻造り。


入口御門は文政12年(1829年)建立(下の写真)。その右には二之御柱が建っています。

二の御柱と入口御門/諏訪大社上社本宮 by Poran111







入口御門の横には樹齢1,200年と言うケヤキ(欅)の巨木が立っていますが、諏訪大社の歴史の長さを感じさせます


入口御門から布橋を通って、参拝所の方に歩きました。


上の写真正面の参拝所の向こうには、重要文化財である拝殿、幣殿と左右の片拝殿があります。
参拝所の所まで行くと、真ん中に拝殿、その右と左に方拝殿が眺められます(下の写真)。現在のこれらの社殿は天保9年(1838年)に落成したもの。
ちょうどこの日は十五夜祭相撲神事の相撲踊り奉納が行われていました。

十五夜祭り相撲神事は毎年9月15日に上社本宮で行われる神事の一つだそうです。
延文3年(1356年)の「諏訪大明神画詞」には上社の神事には古くから相撲がつきものであった事が記されているそうです。 


この相撲踊り奉納は江戸時代に上社の辻(土俵のこと)で若者たちが行っていたものが起源で、現在は地元、神宮寺区に保存会が結成され、区民全体が一体となって、歴史的文化の保存に取り組んでいるとの事です。

土俵/諏訪大社上社本宮 by Poran111

上社境内内の神楽殿の隣には土俵(辻)が設置されてます。この18日(月・祝)にはこの土俵で奉納相撲が行われています(私は見に行っていませんが)。

参拝所の手前には元禄3年(1690年)建立と云われる勅願殿があります(上の写真)。勅願殿は諏訪大社のご心霊が宿る御神体山である守屋山に向かい建てられていて、個人私事の祈祷を行う場所との事。

上社本宮は、諏訪大社4社の中で建造物が一番多く残っていて、思った以上に規模は大きく、見応えがありました。

2010年5月13日木曜日

御柱祭(6)/下社春宮の建御柱



信州・諏訪大社の御柱祭はいよいよ最後の段階でした。


下社の8本の御柱は4月9日(金)~11日(日)の3日間に山出し、木落しを経て、 曳航され、注連掛(しめかけ)に安置されていましたが、これらは5月8日(土)~10日(月)の3日間に「里曳き」が行われ、下社・春宮と秋宮に4本ずつが運ばれて、境内に建てられる「建御柱」(たておんばしら)によって、フィナーレとなりました。しかし、ここで悲劇が起きました。


5月8日(土)に家内と二人で下社春宮の建御柱を見に行きました。岡谷市柴宮のスーパー「オギノ」に車で行き、お弁当や飲み物を買って、そこに車を置いて、約2kmを歩いて、春宮に向かいました。 
image from www.flickr.com                         下社春宮の拝殿 2010年5月8日12:10

下社春宮に11時頃着くと、ちょうど一本目の春宮一の御柱のミニ木落しが行われる時でした。春宮の境内の横には坂があり、上の道路からこの坂を伝って御柱を落し、境内に運び込みます。もう見物客で一杯でしたので、我々は境内の外側からこのミニ木落しを見ました。
image from www.flickr.com                下社・春宮一の御柱のミニ木落し 2010.5.8.12:26

木落しが終わると、出る人など見物客の動きがあったので、その間に我々は境内の中に入り、人の間を縫って、前に進みました。 一般見物客の入られる一番前方である、神楽殿の前に場所を取ることができました。
image from www.flickr.com                御柱を運ぶ/下社春宮 2010年5月8日12:39

その後、春宮一の御柱は拝殿右前の、御柱を建てる場所まで運ばれました(上の写真)。 
神主によるお祓いの後、御柱の先端を三角錐状に削り取る「冠落し」(かんむりおとし)が始まりました(下の動画)。 

下社春宮一・建御柱/冠落し 2010年5月8日13:52

氏子が交替で斧で削って行きますが、これには随分時間がかかり、切り落としが完了したのは午後4時近かったです。

そして、御柱がワイヤーで少し持ち上げられると、柱に乗る10数人の氏子たちが自分で柱にロープを巻き、自分の足場となる板を柱に縛り付けました(下の写真。) 
image from www.flickr.com                       冠落しした御柱に縄を結び付ける 2010年5月8日15:57

4時を過ぎて、漸く御柱は引き上げられ始めました。木遣やラッパの音頭と共に少しずつゆっくり時間をかけて上がって行きます。


(以下の写真と動画は、同様のものが既にテレビや新聞で繰り返し流されていますので、掲載することにしました。) 
image from www.flickr.com                春宮一御柱・半分程建ち上がる 2010年5月8日16:42

御柱に乗っている10数人の氏子たちは全員、命綱(安全ベルト)を付けていませんでした。 


下社春宮・建御柱/高く建ち上がる 2010年5月8日16:48

この御柱は長さ17m、直径1m。御柱が高く上がっても、氏子たちは安全ベルトは付けず、どこにもつかまらず、柱の上に乗って、黄色い「御幣」(おんべ)を振っていましたので、 見ている方がハラハラしました。
image from www.flickr.com                      約80度まで建ち上がった御柱 2010年5月8日17:00

自分のデジカメの記録を見ると午後5時3分でした。もうすぐ直立に建ち上がると思われた頃、突然一番上の氏子が落ちました。二番目、三番目の氏子が続いて落ちました。私は耳が良くないので気がつきませんでしたが、家内は直前にプツンとワイヤか何かが切れる音がしたと言っていました。


下社・春宮一の建御柱/約80度に建ち上がる 2010年5月8日17:01

報道によると、一番上と三番目の氏子が亡くなりました。二番目の人は落ちる途中ロープにつかまったため、軽症ですんだとのことです。原因は矢張り、一本のワイヤが突然切れて、御柱が揺れて、振り落とされたのでした。


これ以上のことは痛ましくて、書く気になれません。



見ている者にとってもショックでした。3人が落ちて行く様子と、その直後、私の2m位前にいた、息子さんと思われる小学生の男の子が大きな声で泣き続けていた光景は今も私の脳裏を離れません。


亡くなったお二人の冥福をお祈りいたします。

2010年5月6日木曜日

御柱祭(5)/上社の里曳きと建御柱




信州・諏訪大社・上社の8本の御柱は4月2日(金)~4日(日)の3日間に「山出し」が行われ、木落し川越しを経て、 曳航されて安国寺の御柱屋敷まで曳いて行かれ、安置されました。 


1ヵ月を経て、ゴールデンウィーク中に上社「里曳き」が行われました。5月2日(日)~4日(火)の3日間で、8本の御柱は御柱屋敷を出発して、曳航され、上社・前宮と本宮に4本ずつが運ばれ、神社境内に建てる「建御柱」(たておんばしら)が行われます。

image from www.flickr.com         御柱祭・上社の里曳き 2010年5月3日

我々は5月3日(月)の「里曳き」と前宮での「建御柱」を見に行きました。午前中に車で出掛け、ビーナスラインのあけぼの隧道近くの西友の駐車場に車を停め、そこでお弁当を買って、歩いて「里曳き」の行われる岡谷茅野線に向かいました。その道路に入ると、早速、里曳き中の本宮四の御柱に追い付きました。
御柱祭・上社の里曳き 2010年5月3日

ゆっくりと曳航される華やかな御柱としばらく一緒に歩いて、見物しました。お昼頃になり、近くに、私の住んでいる別荘地の用意している桟敷席を見つけることができました。そこに上がって、買ってあったお弁当を食べて、一服しました。

image from www.flickr.com            御柱祭の桟敷席/上社里曳き 2010年5月3日

桟敷席では真澄の枡酒が振舞われました。私も一枡いただいて、お祭りの気分を味わいました。 


image from www.flickr.com               御柱祭の枡酒/上社・里曳きの桟敷席にて


 昼食後は、午後1時からの「建御柱」を見るために、歩いて上社前宮に行きました。

image from www.flickr.com         諏訪大社・上社の前宮 2010年5月3日

大混雑の中、神社境内の「建御柱」の行われる場所に1時ちょっと前に着きましたが、足の踏み場もない状況。脇の方ですが、何とか見られる場所に入り込みました。
上社前宮・建御柱/立上げ途中 2010年5月3日

御柱の上には大勢の氏子が乗り、木遣や進軍ラッパ、掛け声に合わせて、ワイヤーとロープを使って、ゆっくりゆっくりとと少しずつ引き上げられて行きました

image from www.flickr.com         上社前宮・建御柱/立上げ途中 2010年5月3日

御柱が垂直に立ち上がるまでには約1時間かかりました。大勢の氏子は御柱に乗ったまま、垂直になってもぶら下がっています。

image from www.flickr.com             上社前宮・立ち上がった御柱(建御柱)

御柱は長さ約17m、重さ10トンを超えていますから、これを人力でロープをひいて立ち上げるというこの催しも危険なものです。 先月には千曲市内の神社で行われた御柱祭の際に、約10mの御柱が倒れて、死亡事故が起きています。ここは総本社だけあって、御柱は千曲の2倍近い大きさですので、 見ていてハラハラします。
上社前宮・立上げられた御柱(建御柱)

この翌日に御柱の根元を大木槌で叩いて固める御柱固祭が行われ、柱の曳き建ては幕を閉じます。

2010年4月16日金曜日

御柱祭(4)/下社・春宮と秋宮


4月9日(金)午後、諏訪大社下社の御柱の木落しと曳行を見た後、歩いて諏訪湖畔の赤砂崎駐車場まで戻ることにしました。途中に下社の春宮と秋宮がありましたので、寄って見て行きました。 


諏訪大社は長野県の諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社ですが、全国各地に1万社以上ある諏訪神社の総本社です。諏訪大社の歴史は大変古く、古事記や日本書紀の中に記載があるそうです。

image from www.flickr.com                          下社春宮の大鳥居 2010年4月9日

まず、下社・春宮に寄りました。 春宮の入口にある御影石の大鳥居は万治二年(1656年)建立と推定されるそうです(上の写真)。


入ると、まず神楽殿が、その後ろに拝殿、左右片拝殿があり、その奥に御宝殿(これは下の写真では見えませんが)が配置されています。


image from www.flickr.com                     諏訪大社下社春宮/神楽殿と後ろに拝殿 2010年4月9日

諏訪大社の特徴として、諏訪大社には本殿と呼ばれる建物がなく、代りに春宮は杉の木を御神木として拝しているそうです。 古代の神社には社殿がなかったと言われていて、諏訪大社はその古くからの姿を残しているとの事です。


image from www.flickr.com                 下社春宮の拝殿 2010年4月9日

4月の9日(金)~11日(日)の間に下社の御柱8本が木落しされ、注連掛(しめかけ)まで曳行され、そこに安置されています。これらは5月には注連掛から春宮と秋宮の境内まで里曳きされ、社殿の四隅に建立されます。今は6年前に建立された御柱が建っていましたが(下の写真)、これが5月には新しい御柱と入れ替えられます。


image from www.flickr.com                      下社春宮の御柱 2010年4月9日

春宮は高い木々に囲まれ、古い歴史が感じられ、しっとりとした雰囲気があって、見て良かったと思いました。
次に、旧中山道を東へ約1km歩いて秋宮に行きました。旧中山道には昔を偲ばせる古い家並みが所々に残っていました(下の写真)。


image from www.flickr.com                 旧中山道@下諏訪町 2010年4月9日

秋宮は旧中仙道と甲州街道の分岐点の要所にあります。 
秋宮にも本殿と呼ばれる建物はなく、代りにこちらは一位(イチイ)の木を御神木として拝しているそうです。 
image from www.flickr.com             下社秋宮の鳥居 2010年4月9日

ここの神楽殿は、身長1.70m、青銅製では日本一と言われる狛犬を両脇に従えた三方切妻造りで、天保六年(1835年)の建築とのことです(下の写真)。 

image from www.flickr.com            下社秋宮の神楽殿 2010年4月9日

神楽殿の後ろには拝殿と左片拝殿・右片拝殿が並んでいて、その奥には宝殿があるはずなのですが、これらは今修復工事中で(来年9月までの予定)、高い壁で覆われていて全く見ることができませんでした。このため秋宮の本来の良さ、雰囲気が分からなかったのはちょっと残念でした。

image from www.flickr.com              新鶴本店/塩羊羹 2010年4月9日

秋宮のすぐ隣に、いかにも歴史を感じさせる店構えの新鶴本店がありましたので、入ってみました。
この店は明治6年創業で、塩羊羹は有名のようなので、それを1本買い、ついでに和菓子を4種類買ってみました。
image from www.flickr.com             新鶴の塩羊羹と和菓子 2010年4月9日

この塩羊羹は昭和39年には天皇陛下に献上した言うだけあって、塩と甘味がうまく調和して、美味しかったです。 
他の和菓子はまあ平均的な感じでした。

image from www.flickr.com                清酒・御湖鶴(みこつる) 2010年4月

この日、木落し坂から御柱が曳行される道を歩いて帰る途中に臨時休憩所があって、日本酒が振る舞われていました。もらって飲んだら美味しかったので、名前を聞いたら、ここの地酒「御湖鶴」(みこつる)とのことでした。そこで、帰りに1本買ってきました(上の写真)。


家に帰って、晩酌を楽しみました。