2007年12月25日火曜日

Merry Christmas!

子供たちが成長して、何年か前から我が家は夫婦二人だけのクリスマスとなっています。

我が家のクリスマスツリー by Poran111

夫婦だけではありますが、家内は居間にクリスマスツリーを飾り付け、クリスマス用料理、もち米入りの中華風ローストチキンを作ってくれました。スパークリング・ワインで乾杯しました。

2007年12月19日水曜日

初冬の八ヶ岳

昨日は蓼科高原は午後雪が降っていましたが、今朝は気持ち良く晴れました。北八ヶ岳連峰や蓼科山がくっきりと、きれいに見えました。

初冬の縞枯山 07.12.19 by Poran111
初冬の縞枯山 07.12.19, a photo by Poran111 on Flickr.

縞枯山(2,403m)は北八ヶ岳にあります。そのすぐ北側に坪庭があり、また、その下にピラタス蓼科スキー場(http://www.pilatus.jp/)があります。

2007年12月18日火曜日

山荘の雪景色

11月下旬以来、ほぼ1か月ぶりに今日(12月18日)蓼科に戻ってきました。
11月に紅葉が終わってから、スノー・スポーツのシーズンが始まるまでは、蓼科は景色としてはなにもない時期です。それに東京での雑用が重なって、3週間以上蓼科を離れていました。今日、中央高速を走っている途中、山梨までは晴れで富士山がきれいに見えました。茅野市に入ると曇りで、山を登り始めると途中から雪になり、山荘ではしっかり雪が降っていました。もう周りは完全な雪景色です。いよいよ本格的なスノー・スポーツのシーズンが始まります。

12月夕方の山荘前道路 07.12.18 by Poran111

実は、今日は我が家の愛犬「ロッキー」(シェットランド・シープ・ドッグ)の命日でした。ロッキーは2年前の12月18日、東京の自宅の居間で、老衰のために13歳で息引き取りました。家族全員の一致した意見として、自分達に身近な蓼科に埋葬しようということになりました。当時同居していた次男と一緒に家族3人で、翌日車を飛ばして、蓼科にロッキーの亡き骸を運びました。雪が積もって、氷りついた山荘の林の中の土を次男と私とで掘って、埋葬しました。それで、今日夕方、家内と二人でロッキーの墓参りをしました。

ロッキー 2003年12月21日 by Poran111
ロッキー 2003年12月21日, a photo by Poran111 on Flickr.

2007年12月9日日曜日

六本木&東京タワー


12月6日(木)に六本木と東京タワーに行ってきました。

image from www.flickr.com                                                 国立新美術館 07.12.6

六本木に行ったのは、今年1月にオープンしたばかりの国立新美術館(→http://www.nact.jp/index.html)で現在開館記念として行われている「アムステルダム国立美術館所蔵、フェルメール『牛乳を注ぐ女』とオランダ風俗画展」を家内が見たいと言ったからです。
国立新美術館は先日亡くなった黒川紀章の設計で、洒落たデザインの大きな建物でした。美術の分らない私は女房に付いていったようなものですが、この「オランダ風俗画展」の絵では庶民の風俗が描かれていて、17世紀~19世紀当時のオランダの庶民の生活・風俗がうかがい知れるようで、そういう点では面白かったです。

image from www.flickr.com
                                  東京ミッドタウン庭のイルミネーション 07.12.6

東京ミッドタウンのクリスマス・イルミネーションが綺麗らしいと女房が言うので、そのあと、すぐそばの東京ミッドタウンに歩いて行きました。東京ミッドタウンの庭園は見事なくらい沢山のイルミネーションで飾られ、特に芝生広場はブルーのイルミネーションで敷き詰められていました。最近はあちらこちらでクリスマス・イルミネーションが飾られていますが、ここのは独特の雰囲気を出していて、見ごたえがありました。(→http://www.tokyo-midtown.com/jp/index.html


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                                    東京ミッドタウン樹木のイルミネーション 07.12.6

夕食には、いつも使っている「アースクユー・レストランガイド」(→http://www.asku.com/rgj/)であまり高くなくて、評判の良いレストランを探したところ西麻布にある「HALE海‘S」(http://www.asku.com/RV/010R/?_item_id=6057283&area_id=13)という無国籍料理レストランがヒットしました。歩いて行ってみると、西麻布の裏通りの下町のような通りの中にありました。行ったら、予約でいっぱいでしたが、1時間だったらOKということでかろうじて座れました。魚介類、肉類などバラエティに富んだ創作料理で、味は濃い目でしたが、ビールや酒を飲むにはちょうど良く、どれもまずまず美味しいと私は思いました。しかし、女房は、味が濃いので、それほどのことはない、と言っていました。西麻布という場所を考えれば、コストパーフォーマンスはよい店です。


image from www.flickr.com
                                                  東京タワー 07.12.6


食事のあとは、ライトアップされた姿がきれいだという東京タワー(http://www.tokyotower.co.jp/333/)に行って、大展望台(高さ150m)に登りました。私が東京タワーに登ったは、独身社員の時に、海外の子会社や取引先から来たお客をはとバスに乗せて、東京案内をした時に登って以来ですから、約30年振り。女房は小学校の遠足の時に登って以来、40数年振りだと言っていました。大展望台に登ったら、そこのホールでjaja(http://www.jaja.fm/index.php)というジャズバンドのライブをやっていました。このバンドの曲はジャズと言っても、バラードぽい、甘い、BGMでも使えそうな曲が多かったです。その中心となっているソプラノ・サックスの音がとても綺麗だったので、思わず帰りにCDを買ってしまいました。

2007年11月30日金曜日

私の愛用のギター/その後


せっかく買った、この良いギターも、5年ほど弾いて後、ばったり弾かなくなってしまいました。直接のきっかけは次のことでした。

30歳を過ぎて結婚し、長男が生まれました。週末のある日、会社の借り上げ社宅のマンションの居間で譜面台を置いて一人でギターを弾いていました。すると、漸くハイハイができるようになった長男がハイハイして寄ってきて、譜面台をひっくり返してしまいました。なにか息子は「ギターを弾いていないで、自分と遊んでほしい」と言っているような気がしました。ギターなど弾いていたら幼い息子と遊ぶ時期を逸してしまうような気がして、ギターを弾くのをピタッとやめ、それからは休みの日は、近くの公園に行ったりして息子と遊ぶようになりました。そのうち次男も生まれ、週末に子供達と遊ぶことは私の楽しみになりました。

30代、40代は公私ともに忙しくなり、20数年間ほとんどギターは弾かないままに過ぎました。中出阪蔵氏製作の名器に対しては、殆ど弾かずにしまい込み、可哀そうなことをしたと思います。


60歳の定年も数年後に迫った頃、家内から「またギターを弾いたらどう」と言われました。そうだ、自分にはギターがあったのだと思い、またギターを引っ張り出して、ギターを弾き始めました。やはりギターを引き出すと楽しい。まるで“自己陶酔”のように自分の演奏に没入してしまいます。やっぱり自分はギターを弾いている時が一番楽しいのだということに気が付きました。ただ、20数年間のブランクは大きく、指は錆ついてしまい、思うように動きません。若い時に弾いていた曲は殆ど弾けなくなっていました。

今は毎日ギターに触れ、練習することによって、自分の若い時の技術レベルにどれだけ戻れるか、近づけるか、そのチャレンジです。

2007年11月29日木曜日

私の愛用のギター


写真は私の愛用のギターで、私が30歳の時(昭和52年3月)に購入したものです。


このギターは中出阪蔵氏による昭和51年(1976年)製作のものです(Model No.3000)。明治39年(1906年)生の中出阪蔵氏は当時日本のギター制作の第一人者と言われていました。素材としてスプルース、 ブラジル産ハカランダ(胴・裏板)などを使用しています。

このギターは私のクラシック・ギターとしては2台目です。1台目は私が大学1年の時(昭和40年)に買った「信濃」という銘柄のギターでした。

私は大学に入学し、すぐにギター部に入部して、クラシックギターの基本を勉強し始めました。その時使っていたものは、演歌の弾き語りに使うようなスチール弦を張っていたギターを、とりあえずナイロン弦に張り替えて、これを弾いていました。しかし、これでは話にならないので、大学1年の夏休みに1か月アルバイトをし、稼いだお金から12,000円をはたいて、その年9月に銀座の日本楽器(ヤマハ)に行って、「信濃」という銘柄のクラシックギターを買いました。昭和40年(1965年)当時の大学卒新入社員の初任給は20,000円程度と言われていますから、それほど安物というわけではありません。この「信濃」ギターは値段の割には良い音が出ると自分では思い、気に入っていました。

しかし、所詮高級ギターとは程遠いもので、一生使えるようなしっかりしたギターが欲しいと思っていました。そこで、30歳で“独身貴族”最後の頃、お小遣いも少しは貯まってきた時に、良いギターを買うことにしました。

いろいろ調べて、渋谷区千駄ヶ谷にある「エスペランサ」というギター卸の店に行きました(この店は今はなくなっているようです)。その店で在庫の手製クラシックギターを2時間近くいろいろ試し弾きさせてもらいました。弾いてみて中出阪蔵氏のギターが気に入りました。店には中出阪蔵氏製作のギターが3本ありましたが、中でも、このギターが音の出方のバランスが良いと感じたので、これ(写真のギター)に決めました。買った当時はギターの箱としてはあまり鳴りませんでした。30年経った今の方がギターとしては鳴るようになったと思います。一般的に手製のギターは作製直後よりも、時間をかけて弾き込まれた方が良く音が出るようになると言われています。

(「私の愛用のギター/その後」に続く。)

2007年11月25日日曜日

能登半島へ一泊二日旅行


 11月20日(火)、21日(水)に奥能登に一泊二日旅行に行ってきました。
20日(火)朝7時頃蓼科の山荘を車で出発し、中央自動車道・長野自動車道・北陸自動車・能登有料道路を通り、1時頃に能登半島の真ん中辺にある七尾市のフィッシャーマンズワーフ能登食祭市場に着いて、そこで昼食にちらし寿司を食べました。その後、その近くの能登島ガラス美術館に行きました(→http://www.city.nanao.lg.jp/glass/)。この美術館は、ステンドグラス制作が趣味で、最近はガラス・フュージョンも習ったりしている家内が見たかった所でした。

image from www.flickr.com                               さんなみ旅館・門 07.11.21

 ここを見た後、予約してあった奥能登の「郷土料理の宿さんなみ」に向かい、5時少し前に到着しました(→http://www.noto.ne.jp/sannami/)。今回の旅行の一番の目的はこの旅館の料理を食べる事でした。この旅館は、全国の良い旅館・ホテルを特集して、リストアップした最近の本の中でランキング入りしていた所です。

image from www.flickr.com                                   さんなみ旅館の郷土料理 07.11.20

その日の夕食には、近くの宇出津(うしつ)港で朝揚がった新鮮な魚介類がふんだんに使われていました。味付けには、イカの内臓と塩だけで熟成させたという魚醤油「いしり」が使われています。この旅館では、この「いしり」は自家製、かつおぶしも自分で作り、野菜も自分の畑で栽培したもの、と全て手作りです。朝獲れたズワイガニの足は生(さしみ)で食べました。「いしり」の味付けの料理はおいしく、いろいろないきの良い魚が出て、蓼科から500kmも車を走らせて来た、甲斐がありました。
また、旅館のご主人が囲炉裏の食卓に来て、料理について一つ一つ丁寧に説明してくれました 
お話ししたところ、ご主人は私と同い年の昭和22年生まれの猪年で、父親のやっていた民宿を引き継いだとのこと。「郷土料理の宿さんなみ」は「和楽」などいろいろな雑誌に既に取り上げられ、有名な漫画「おいしんぼう」にもこの旅館とご主人の船下さんが取り上げられ、描かれています(私は読んではいませんが)。それだけ名前が売れても、いまだに一日3組しか客を取らないということに、ご主人の仕事に対する良い意味でのこだわりを感じました

image from www.flickr.com                         さんなみ旅館から見た富山湾 07.11.21

 翌朝、郷土料理の朝食を楽しみ、庭を歩いたあと9時過ぎに旅館を後にしました。まず輪島に行き、朝市を見て、そこで干物、輪島塗の箸などを買いました。

image from www.flickr.com                                   輪島朝市 07.11.21

その後、外海側にある白米(しろよね)の千枚田を見て、能登半島最北端の禄剛埼(ろっこうざき)に寄りました。

image from www.flickr.com                                       白米の千枚田07.11.21

image from www.flickr.com                                      禄剛埼灯台 07.11.21

次に内海側に行き、見附島(別名軍艦島)を見ました。見附島の近くの地元の寿司屋でカニちらし寿司を食べた後、一路帰途につきました

image from www.flickr.com                             見附島 07.11.21

二日間とも天気は雨時々曇りでした。輪島では雹(ひょう)も降りました。この時期の雹は地元では「鰤(ぶり)おこし」と言ってこの雹が降ると鰤がやってくるのだそうです。帰りは、北陸自動車道では激しく雹が降り、長野県に入ったら雪になり、妙高辺りでは既に雪が高速道路上に積もっていました。行く前にスタッドレスタイヤに履き替えていて良かったです。二日間で合計1,140kmのドライブでした。
やや強行軍で、天気にはあまり恵まれませんでしたが、料理を楽しむという目的は達することができました。