遠藤周作の1966年書き下ろしの小説『沈黙』をアメリカ人、マーティン・スコセッシ監督が映画化したものです。
2時間45分の長編映画が休憩なしで上映されました。テーマが重く、暗いものなので、途中でダレたりしないのかなと思いましたが、見始めると引き込まれ、長さを全然感じさせませんでした。それだけ脚本が良く、映画に力があったということでしょう。何年か経っても名作の一つとして残る映画だと思われます。
<映画『沈黙 - サイレンス - 』のチラシより>
小説を映画化する時には、当然、シナリオの作り方によって与える印象、訴え方は違ってきます。この映画のシナリオは良かったと思いますが、見終わって、原作の小説はどうだったのかな、もう一度読み直してみたいという気持ちが湧いてきました。私が小説『沈黙』を読んだのはもう40年以上前のことだからです。
<『沈黙 - サイレンス - 』予告編>
遠藤周作(1923年~1996年)がこの小説を書いた直後は、神が沈黙し、司祭が踏絵を踏み、棄教するという衝撃的なストーリーからカトリック教会の中の一部からは反論や反発の声が上がったことを覚えています。
これに対する遠藤周作の思いは、1974年の著書『切支丹の里』における、弱者たる棄教者に向けた自身の次のような言葉から読み取れます(ウィキペディアによる)。
こうして弱者たちは政治家からも歴史家からも黙殺された。沈黙の灰のなかに埋められた。だが弱者たちもまた我々と同じ人間なのだ。彼等がそれまで自分の理想としていたものを、この世でもっとも善く、美しいと思っていたものを裏切った時、泪を流さなかったとどうして言えよう。後悔と恥とで身を震わせなかったとどうして言えよう。その悲しみや苦しみにたいして小説家である私は無関心ではいられなかった。彼等が転んだあとも、ひたすら歪んだ指をあわせ、言葉にならぬ祈りを唱えたとすれば、私の頬にも泪が流れるのである。
私自身は遠藤周作の小説家としてのこの立場に共感を覚えます。
ところで、小説『沈黙』は出版の3年後、1969年にウイリアム・ジョンストン師によって英訳されました。この英訳本『Silence』はすぐにヨーロッパを中心に海外で広く読まれ、反響を呼んだそうです。
『第三の男』を代表作に持つイギリスの小説家、グレアム・グリーンは、英訳された『沈黙』を読み、その年度のベスト3の一つに挙げています。グリーンは、『沈黙』をいち早く認め、遠藤に対して作品を絶賛する手紙を送るだけでなく、「20世紀のキリスト教文学で最も重要な作家である」とまで断言しているとの事です。
海外からの評価が高いことは、『沈黙』が2009年の英ガーディアン紙が選ぶ「死ぬまでに読むべき必読小説1000冊リスト」に選出され、海外の読書好きが投票形式で決定する「日本文学ランキング100」では37位(2016年4月現在)にランクインしている事でも明らかです。
<英訳本『Silence』表紙>
また、映画監督のマーティン・スコセッシは1988年に『沈黙』の英訳本を読み、大きな衝撃を受け、映画化を固く決意したそうです。それから28年を経て、昨年ようやく映画化、上映に漕ぎ付けました。
当然、翻訳本においては訳の出来不出来は大きく影響し、英訳者、ウイリアム・ジョンストン師の貢献は大きかったと私には思われます。しかしながら、ネット上で調べても、翻訳者については全くと言っていいほど触れられていません。
私はジョンストン師とはかつて若干の個人的交流があり、それなりの思い入れがありますので、ここにあえて彼を紹介しておきたいと思います。
ウイリアム・ジョンストン(William Johnston)師は1925年7月30日にアイルランドで生れ、1943年、18歳の時にイエズス会に入会し、1951年、26歳の時に来日しました。日本において司祭叙階し、以後長年にわたって上智大学で英語、英文学、神学の教鞭をとられました。
彼の第一の専攻はmystical theology(神秘神学)で、東西の宗教思想の研究を長く行ってきました。特に禅の研究には造詣が深く、自ら禅寺で座禅の修行をしたこともあります。彼には、「The Cloud of Unknowings」、「Christian Zen」、「Silent Music」などの多くの英文の著作があり、世界で広く読まれています。
カトリック作家の遠藤周作とは長く親交がありました。洗練された文章を書く文学者であり、日本文化に造形の深いジョンストン師は『沈黙』の英訳には最適任だったと私には思えます。
<ウイリアム・ジョンストン師と家内と私/彼の著作出版記念パーティーにて 2005年1月29日>
さて、人間としてのジョンストン師は感性がとても豊かで、人を暖かく包み込む包容力がありました。私にとっては忘れることのできない人物の一人です。
畏れ入りました。
返信削除かみ~さん、恐縮です。
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