2016年9月29日木曜日

北スペイン&ポルトガル旅行振り返り(8):ブサコ→バターリャ

6月11日(土)午後6時頃にコインブラを貸し切りバスで出発し、そこから北へ30km程の所にあるこの日の宿泊地、ブサコ(Bussaco)に午後7時頃に到着しました。

ブサコは豊かな自然に恵まれた国立公園で、かつてはカルメル派修道院の土地でした。しかし、ポルトガル最後の国王マヌエル2世がここを気に入り、狩猟のための離宮を建築。ところが、完成直後の1907年に王政が廃止され、王宮としてはほとんど使われませんでした。
現在はこの建物は5つ星のパレス・ホテル・ド・ブサコPalace Hotel do Bussaco)となっています。ここがこの日の宿泊ホテルです。

<パレス・ホテル・ド・ブサコ~宮殿と庭園 2016年6月11日19:41>

夕食の時間は8時半なので、その前にホテルの庭園などを散策しました。美しい広い庭園は良く手入れされ、池には白鳥が泳いでいました。

<パレス・ホテル・ド・ブサコの礼拝堂 6月11日19:56>

王宮(ホテル)の建物の西側には王家のための礼拝堂も付いていました。

<パレス・ホテル・ド・ブサコのエントランスホール 6月11日19:37>

王宮はネオ・マヌエル様式の装飾で飾られ、建物内部には、歴史的な題材のアズレージョや絵画が飾られています。

<2階に通じる大階段のアズレージョ 6月11日19:37>

2階に通じる大階段には、ポルトガルによるセウタ攻略とインド攻略を描いたアズレージョが飾られています(上の写真)。

<パレス・ホテル・ド・ブサコのレストラン 6月11日20:30>

午後8時半からレストランに行き、夕食です。レストランはエキゾチックなウッドフロアとムーア様式の天井が特徴で、João Vazの絵を用いた内装が施されています。ここでは、エリザベス女王とエディンバラ公の昼食会が催されたことがあるそうです。

ディナーは下のようなコース料理で、子豚の丸焼きがメインでした。皮がパリパリとして、美味しかったです。

ほうれん草入り人参クリームスープ

子豚の丸焼き

アーモンドケーキ

カプチーノ

我々が泊まった部屋はこじんまりして、落ち着いてはいましたが、浴室などの設備は古く、テレビもブラウン管のものでした。飛行機で言えば”エコノミークラス”と言ったところでしょう。ホテルのホームページを見ると、スイートルームはもっとゴージャスなようで、当然、世界のお金持ちはスイートルーム以上に泊まるのでしょう。我々は団体ツアーだということを考えれば、この程度の部屋の宿泊でやむを得ません。

<パレス・ホテル・ド・ブサコの宿泊した部屋 6月11日19:32>

翌朝も時間があったのでホテルの庭園や周りを散歩しました。王宮の建物はやはり華麗で威厳がありました。

<パレス・ホテル・ド・ブサコの正面入口 6月12日07:32>

12年前には日本の皇太子もこのホテルに2泊したそうで、その時の皇太子用のディナーのメニューがホテルの廊下に掲示されていました。
こういうホテルに泊まるのもおもしろい経験でした。

さて、12日(日)は朝9時に貸し切りバスでブサコのホテルを出発し南下、10時半にバターリャ(Batalha)に着きました。

<バターリャ修道院外観 2016年6月12日>

バターリャ(Batalha)とはポルトガル語で「戦い」という意味で、この地にはその戦いの勝利を示す巨大な修道院(正式名は「勝利の聖母マリア修道院」)があります。

1385年8月14日、バターリャ近郊で行われたアルジュバロータの戦いで、王位を狙って攻め入ってきたカスティーリャ王国軍をジョアン1世のポルトガル軍が打ち破り、スペインに対するポルトガルの独立を守りました。ジョアン1世はこの歴史に残る勝利を聖母マリアに感謝するために1386年にバターリャ修道院の建設を開始しました。

<バターリャ修道院のポータル(入口) 6月12日10:38>

まず、バターリャ修道院の西側の広場に面しているポータル(入口)から入りました。入口は、アーチ・ヴォールトの形をとっており、そのヴォールトの中には、78の聖像が飾られています。

<バターリャ修道院の身廊(聖堂) 6月12日10:41>

修道院の身廊(聖堂)は高さ32m、奥行き80mあり、正面の10枚のステンドグラスから光が差し込みます。ここは、ポルトガルにおける最初のステンドグラスを備えた教会建築だそうです。

<創設者の礼拝堂とジョアン1世の墓 6月12日10:49>

身廊の右側に創設者の礼拝堂があり、ジョアン1世と王妃フィリパ・デ・ランカスターの棺が置かれ、周囲にはエンリケ航海王子の棺もあり、ここで眠っています。

<王の回廊@バターリャ修道院 6月12日10:54>

次に、ジョアン1世の王の回廊に出ました。15世紀に建設されたもので、マヌエル様式とゴシック様式が上手に融合されています。

<参事会室=無名戦士の墓@バターリャ修道院 6月12日10:57>

王の回廊の奥には参事会室があり、この中には無名戦士の墓が置かれています。この部屋には柱が1本もなく、建設された当時、天井が落ちるのではないかと騒がれたそうです。

<無名戦士の墓(参事会室)衛兵交替式 6月12日10:59>

ここは祖国ポルトガルのために戦ったすべての無名戦士の墓ですが、これを守る二人の衛兵が常に立っています。我々が訪れた時、ちょうど衛兵交替式が行われ、見ることができました(上の動画)。

<王の回廊と中庭@バターリャ修道院 6月12日11:07>

バターリャ修道院を見た後、12時少し前に我々は出発し、更に南のオビドスに向かいました。

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