家内が戸隠の紅葉を見たいと言うので、急遽15日(水)に日帰りで戸隠に行きました。家内も私も
戸隠に行くのは初めてです。
朝9時ちょっと前に車で蓼科の我が家を出て、女神湖の脇を抜け、大門街道を通って、上田菅平ICから上信越自動車道に乗りました。長野市内の混雑を避けるために、長野市の先の信州中野ICで上信越道を降り、黒姫山と飯縄山の間の道を上って、戸隠神社奥社参道あたりに着いたのは11時40分頃。1回の休憩を入れて、2時間50分かかりました。(実際には、信州中野ICの先の信濃町ICで降りた方が時間は早いようです。)
<そば茶屋「極楽坊」外観 2014年10月15日>
まず、戸隠そばを食べようと、前日に
食べログで調べてあった、そば茶屋「
極楽坊」に行きました。12時前だったので、直ぐに座れましたが、12時を過ぎたらすぐに満席になり、お客さんが並んで待っていました。
<そばがき@極楽坊 2014年10月15日11:52>
それぞれがざるそば(5ボッチ)と、二人でそばがきと天ぷら盛合を一つずつたのみました。そばがきに生姜をつけるのはめずらしかったですが、おいしく、ボリュームたっぷりでした。
<ざるそばと野菜天ぷら盛合@極楽坊 2014年10月15日>
ざるそば5ボッチとはそばの束が5つあるという事です(上の写真)。麺は細めで、蓼科高原でいつも食べている蕎麦と比べると、腰はあまり硬くはありませんが、良い味わいで、これだけでも戸隠に来た価値があったね、と家内と話しました。
<鏡池と戸隠山(右) 2014年10月15日12:38>
その後は、まずこの辺の写真スポットとして有名な鏡池に行きました。(戸隠のマップはこちらをクリックしてください。→
戸隠古道)
天気予報ではこの日は戸隠は昼前後は晴れるはずでしたが、悪い方にはずれて、ほとんど曇り。しかし、戸隠山や西岳の上の方は雲に覆われて、かえって幻想的な雰囲気を醸し出しています。
<鏡池の散歩道 2014年10月15日12:46>
鏡池の周りの遊歩道を約20分かけて一周しました。戸隠は、針葉樹の多い蓼科高原とは違って広葉樹が中心で、遊歩道はオレンジや黄色に彩られています。
<鏡池の北西岸 2014年10月15日13:06>
鏡池のあとは、
戸隠神社奥社参道入り口の駐車場に車を停めて、奥社に向けて参道を歩きました。
<戸隠神社奥社参道/入口近く 2014年10月15日13:29>
約2kmの奥社参道は入口あたりから紅葉に包まれています。
<戸隠の猿@奥社参道 2014年10月15日13:35>
歩き始めて直ぐに猿のファミリ―と遭遇しました。猿たちは参道沿いの紅葉を楽しんでいるかのようでした。
<杉並木@戸隠神社奥社参道 2014年10月15日13:46>
参道のほぼ中間地点にある隋神門を抜けると、約500メートルにわたって400年ほど前に植えられた約200本のクマスギの並木が続きます。天を貫くように聳える並木はこの古道の歴史を教えてくれます。
<戸隠神社奥社と戸隠山 2014年10月15日14:14>
参道の最後の方は少し急な石段になります。そこを登ると、左に九頭龍社が、右に奥社があります。写真を撮りながら、ゆっくり登って、参道入口から奥社まで40分弱でした。
<戸隠神社九頭龍社 2014年10月15日14:06>
戸隠神社は
奥社(おくしゃ)と、この下にある中社(ちゅうしゃ)と宝光社の三社からなります。歴史は古く、嘉祥2年(849年)頃、学問行者により戸隠寺(奥の院)が開かれたと言われます。平安時代から修験道が行われ、日本有数の霊地となりました。
奥社の左にある九頭龍社(くずりゅうしゃ)は戸隠の地主神・九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)を祀っているとの事。
<戸隠神社奥社 2014年10月15日14:08>
奥社の裏は、もう険しい戸隠山が屏風のように聳えています。
<戸隠山/奥社から見る 2014年10月15日14:017>
奥社から見る戸隠山は鋭いギザギザの岩場になっています(上の写真)。これを見ていて、家内も私も2年前にスペインを旅行した時に行った、
モンセラットの山を思い出しました(下の写真)。
<モンセラットの山/スペイン 2012年6月7日>
モンセラットはスペイン語で「のこぎりで挽かれた山」と言う意味で、バルセロナの北西約60kmの所にあります。11世紀にカトリック、ベネディクト派の修道院が建てられ、その大聖堂と共にキリスト教の聖地とされて、スペイン全土から大勢の巡礼者が訪れています。
この似た形の二つの山を考えると、仏教も神道も、キリスト教も、宗教にかかわらず、鋭くとがった険しい山に、人間は神秘的なもの、神に近づく何かを感じるのだろうと思えます。
<戸隠神社中社 2014年10月15日15:02>
さて、奥社参道を歩いた後は、ちょっと下った所にある中社(ちゅうしゃ)に行きました。中社は寛治年間(1098年頃)に開かれたそうです。
そして、そこを又ちょっと下った所にある宝光社(ほうこうしゃ)に寄りました。宝光社は康平年間(1058年頃)に開かれたとの事。
<戸隠神社宝光社 2014年10月15日15:27>
ここまで見て、帰路に着きました。
帰りは長野市街を抜けて、長野ICから上信越自動車道に乗り、我が家に着いたのは夜7時近く。信州中野IC経由で行った往きと同じくらいの時間で帰ってきました。
日帰りの車の運転でちょっと疲れましたが、気分転換になり、おもしろい旅行でした。