2017年2月28日火曜日

バリオス伝記本『Six Silver Moonbeams: The Life and Times of Agustin Barrios Mangoré』


パラグアイ出身のギタリストで天才作曲家、アグスティン・バリオス=マンゴレAgustin Barrios Mangore, 1885年5月5日~1944年8月7日)は多くのクラシックギターの名曲を書き残しながら、長い間正当に評価されませんでした。(→2017年2月17日付記事「長い間評価されなかった天才作曲家、バリオス」をご参照。)

Barrios with Jose Ramirez guitar in 1910 by Poran111
ホセ・ラミレス製ギターを持つバリオス/1910年(25歳頃) 

私はこのバリオスに興味、関心を持ち、バリオスに関する資料を探していました。しかし、バリオスの評伝や伝記本は日本語では一冊も出版されておらず、英語では一冊だけ、Richard D. Stover 著Six Silver Moonbeams: The Life and Times of Agustin Barrios Mangoré(1992年)がありました。私がバリオスに興味を持ち始めた頃、Amazonなどで探すと、この本は既に絶版で、中古本が20,000円以上もするので、買うのを躊躇していました。そうこうするうち、もう3年も前の話ではありますが、2014年2月に紀伊国屋書店WEBストアで、欲しかったこの本の中古が4,435円で売りに出ているのを見つけ、すぐに注文しました。

Six Silver Moonbeams - Th Life and Times of Agustin Barrios by Poran111

届いたその本は状態が良く、比較的きれいで、私にとっては掘出し物でした(上の写真)。
そして、時間がある時に少しずつ、かなり忘れていた英語を思い出しながらこの本を一通り読みました。目次は下の通りです。

≪Table of Contents (目次)≫
Chapter 1  Youth in Paraguay (パラグアイでの成長期)  ......................  9
Chapter 2  The Artist Matures (成熟期)    ....................................... 37
Chapter 3  The Journey to Greatness(巨匠への道)...............................56
Chapter 4  Cacique Nitsuga Mangore(二ツガ・マンゴレ酋長)............ 111
Chapter 5  The Last Years(晩年)       ................................... 157
Chapter 6  Barrios the Artist(芸術家としてのバリオス)....................... 176
Chapter 7  Barrios the Man(人間としてのバリオス) ........................... 192
Chapter 8  Barrios the Composer(作曲家としてのバリオス)............... 200
Appendix A  The Recordings of Barrios(バリオスの録音)..................... 219
Appendix B  The Guitars of Barrios(バリオスのギター)........................ 227
Appendix C  The Music of Barrios(バリオスの楽曲).............................. 230
Bibliography  (関係書物目録)          ............................................. 238
Footnotes  (脚注)              ................................................. 245
Index  (索引)                                    .................................................. 261

この本を読んだ後で、私のギター仲間から、雑誌『ギタードリーム』(隔月刊)にこの本の邦訳が2006年10月から2010年3月まで21回にわたって連載されていたことを知りました。私は『ギタードリーム』はほとんど読んだことがなかったので、これを知りませんでした。幸い、そのギター仲間からこの雑誌21回分全部を借りることができ、邦訳文も目を通すことができました。

『ギタードリーム』に連載された邦訳は、上の目次の内、第1章「パラグアイでの成長期」から第5章「晩年」までで終わっています。この部分はバリオスの生涯を時間を追って辿ったもので、これはこれで十分意味があります。
しかしながら、この本の中で私が特に面白いと思い、興味があったのは第6章「芸術家としてのバリオス」以降です。第6章以降も翻訳し、和訳本として出版してくれたら良かったと思います。しかし、雑誌『ギタードリーム』は既に廃刊になってしまっており、和訳本の出版は今となっては不可能かもしれません。

Richard D. Stover (b. 1945) by Poran111

この本の著者、Richard Dwight "Rico" Stover (リチャード・ストーヴァー)は現在のバリオス研究の第一人者です(上の写真)。Richard Stover は1945年に米国アイオワ州で生れ、カリフォルニア州で育ちました。1962年に高校の交換留学生としてコスタリカに行った時にバリオスのことを初めて知り、また、そこでギターの勉強を始めました。その後、カリフォルニア州立大学フレスコ校、マドリード大学で学んだ後、1975年にカリフォルニア大学サンタクルス校でラテンアメリカ民族音楽学(Latin American Ethnomusicology)の文学士(Bachelor of Arts)を取得。そして、彼の積年のバリオス研究は1990年~1991年にフルブライト特別奨学金を得てパラグアイに行った時に結実しました。

彼はラテンアメリカ各地を広く旅して回り、バリオスの資料を集め、研究しました。その成果であるこの本はバリオスに関する貴重な資料、情報が溢れており、彼の労作です。バリオスを知る上では重要な書物です。

Andrés-Segovia-Gold-Collection by Poran111
<アンドレス・セゴビア Andrés-Segovia

あえて言えば、ただ一つ私にはこの本についての不満があります。それは、バリオスと、20世紀のクラシックギターの巨匠、アンドレス・セゴビアAndrés Segovia、1893年1987年)との関係の掘り下げが甘く、2人の関係に関しては詳しく述べられていないことです。ストーヴァーがこれだけ詳しくバリオスのことを調べたならば、2人の関係が大きなテーマとして認識されなかったとは考えられません。この点を掘り下げて行けば、当時世界のクラシックギター界に大きな影響力を持っていたセゴビアの批判につながり、クラシックギター界に軋轢を生じるだろうことをストーヴァーはあえて避けたのでしょうか?

しかし、それにもかかわらず、この本のバリオス研究における有益性、価値は十分にあると私は思います。


Gohar Vardanyan演奏、A.バリオス作曲「森に夢見る」>
・・・バリオスの代表作の一つ。美しいトレモロで歌い上げます。・・・

2017年2月25日土曜日

会員制農園「めぐみファーム」の新規会員募集のご案内

私が既に9年間にわたって蓼科高原で野菜作りをしているのが会員制農園ポニーハウス「めぐみファーム」です。この「めぐみファーム」では、2017年度は若干の区画数に空きがあり、新会員の募集をしています。

「めぐみファーム」はメルヘン街道(国道299号)沿い、標高1,130mの地にあり、雄大な八ヶ岳連峰や中央アルプスを眺めながら、高原の空気の中で、気持ち良く野菜作りができます。

<会員制農園ポニーハウス「めぐみファーム」 2015年6月10日>

「めぐみファーム」の概要、特徴は下記のとおりです。ご興味がある場合には、早めにポニーハウス宛(佐藤さん、℡:090-2557-2877、E-mail:samsato@seagreen.ocn.ne.jp)にお問い合わせをお願いします。予定している区画数が満杯になった時点で募集は終了となりますので、お含みおきください。


≪ 会員制農園ポニーハウス「めぐみファーム」 ≫

*農園活動の目的: 有機堆肥「めぐみの大地」を使用し、無農薬有機栽培を実地に体験する。
*会員の利用する畑: 1区画につき54平米(16.4坪)最大2区画まで利用可。(全区画数は30弱)
*入会金: 5,000円(初年度のみ)
*年会費: 1区画につき 12,000円
*場所:: 長野県茅野市北山 蓼科中央高原 
      メルヘン街道(国道299号)沿い、蓼科ビレッジ入口手前。
      ポニーハウス奥の広大な農地で、駐車スペースも充分です。
<区画割り作業をした「めぐみファーム」/野菜作り開始前 2016年4月19日>


☆「めぐみファーム」の特徴

(1)ポニーハウスが長年にわたって研究、調査し、突き止めた、完熟有機堆肥「めぐみの大地」を会員で共同購入し(年会費に含まれる)、有機栽培を行う。(「めぐみの大地」は優良な肥料で、私は過去9年間にわたって、ほとんどの野菜をこれのみで順調に育てることができています。)

(2)春の野菜作り開始前に、ポニーハウスにて畑全体にトラクターをかけ、整備してくれる。晩秋になり、野菜作りが終わった後も、ポニーハウスにて畑全体にトラクターをかけ、ならしておいてくれる。
<ポニーハウス>

(3)会員間で野菜作りに役立つノウハウをやり取りし、情報交換することができる。また、台風などの悪天候や、緊急の状況があった場合には、世話役や気付いた会員からメーリングリストなどを使って情報発信するので、蓼科に来られず、都会の家などにいる時も畑の様子を把握できる。

(4)会員間で、畑を離れて、交流・懇親する機会がある(もちろん、参加は任意)。
去年は5月に、畑近くのオーストラリア・レストラン「ポールズキッチン」にてキックオフ懇親会を開催。
<キックオフ懇親会@ポールズキッチン 2016年5月8日>

(5)めぐみファームは会員による共同、自主運営を旨としていますが、年齢、性別、畑仕事の経歴度合いに関係なく、会員それぞれの生活スタイル、生活のペースに応じて、野菜作りが楽しめる。(全く初めての方でも大丈夫。無農薬有機栽培のプロ、ポニーハウスが必要に応じて、懇切に指導、アドバイスしてくれます。また、周りの畑のベテラン会員に訊くこともできます。)


現在、「めぐみファーム」では、小さな赤ちゃんのいる30代のご夫婦から、最高齢は80代の方までが、それぞれのペース、生活のリズムに応じて、健康野菜作りを楽しんでいます。
また、我が家の場合には、孫たちが蓼科に来た時には、ジャガイモ、大根、トマトなどの収穫体験をさせ、孫たちの「自然学校」にもなっています。
<孫たちの収穫体験@めぐみファーム 2015年8月6日>

2017年2月23日木曜日

レストラン「レ・スリズィエ」のラクレット・パーティー

一昨日、2月21日(火)は蓼科高原のメルヘン街道沿いにある蕎麦粉ガレットと信州ジビエのフレンチレストラン「レ・スリズィエ」(Les Cerisiers)でラクレット・パーティーが行われたので、家内と一緒に参加しました。

 <レストラン「レ・スリズィエ」外観 2017年2月21日18:01>

午後6時過ぎからパーティーは始まり、まずはドリンク。私はシードル(りんご酒)を最初に飲みました。甘口のシードルは私は苦手なのですが、このシードルは辛口なので、とてもおいしく飲めました。

 <シードル@レ・スリズィエ 2月21日18:18>

この日のパーティーは基本的に大皿料理。まずはほうれん草とベーコンのキッシュが出ました。みんなで取り分けて食べました。

 <ほうれん草とベーコンのキッシュ 2月21日18:32>

スープはほうれん草のスープとカリフラワー&ブロッコリーのスープの2種類。お代わりも自由です。このお店のスープはいつもおいしいです。

 <ほうれん草と(右)とカリフラワーなど(左)のスープ>

野菜サラダは下の写真のものと、もう1種類用意されました。

 <野菜サラダ 2月21日19:13>

次にウサギ肉の煮込み。ウサギ肉は初めて食べましたが、鶏肉に近い歯ごたえで、柔らかくて食べやすかったです。

<ウサギ肉の煮込み 2月21日19:16>

そして、いよいよラクレット(フランス語、raclette)です。ラクレットは、蕎麦粉ガレットが中心の「レ・スリズィエ」が新しいメニューとして取り組んだものだそうです。

<「ラクレット」チーズ ~ レ・スリズィエのfacebookページから借用>

ラクレットは大きな丸いハード・チーズです(上の写真)。

 <ラクレットの作業を始めるオーナーシェフ 2月21日19:33>

大きなラクレットを半分に切ったものをラクレット・ヒータに取り付けて、温めます(上の写真)。フランス人オーナーシェフ、ベルトラン・トスタンさんがチーズが溶けたところをナイフで削り落とします(下の写真)

 <温めたチーズをナイフで削り落とす 2月21日19:36>

溶けたチーズを、茹でたジャガイモ、ハム、野菜などに絡めて食べます。
ラクレットはヴァレー州を中心としたスイス全土、スイス国境に近いフランスサヴォア地方などの伝統料理の一つだそうです。仕組みはシンプルですが、パーティーなど大勢で食べるのには楽しい料理だと思えます。

 <茹でたジャガイモなどに溶けたチーズを付けて食べる~ラクレット>

その後はスモークサーモン(下の写真)など、2種類のガレットも出ました。

 <スモークサーモンのガレット 2月21日20:21>

そして、デザートには大きなケーキを皆で取り分けて、紅茶を飲みました。

<ケーキ 2月21日20:54>

この日は20人位が参加して、「レ・スリズィエ」の店内は満杯でした。どういう人達が集まってくるのか知らないで、行ったのですが、意外と若い人達が多かったです。
60歳過ぎと思われるのは我々夫婦を含めて5人だけ。3分の2位は30代以下の人達とその子供達。久し振りに若い人達といろいろ話ができて、お腹たっぷりのおいしい料理と共に、私にとっては楽しい刺激でした。

2017年2月22日水曜日

庭の雪化粧

一昨日、20日(月)は昼間ミゾレ交じりの雨が降っていましたが、夕方になって気温が下がってくると雪になり、夜まで降りました。
昨日、21日(火)の朝は晴れて、我が家の庭はきれいな雪化粧です。

 <雪化粧した庭の木々 2017年2月21日10:46>

10cm弱、新しく積もりました。たいした雪ではありませんが、一応昨日朝はアプローチや家周りの雪掻きをしました。

<庭で遊ぶランディ 2017年2月21日10:47>

我が家の物置小屋も、周りが雪化粧されるとそれなりに絵になっていました(下の写真)。

<我が家の物置小屋 2017年2月21日10:55>

2月下旬になって、晴れていると日差しは強くなってきましたが、昨日も今日も最低気温はマイナス11~12度と、まだまだ朝は冷え込みます。

<我が家の前の道路 2017年2月21日10:51>

2017年2月19日日曜日

月刊誌『現代ギター』1981年12月号<特集・幻の巨匠バリオス>


パラグアイ出身のギタリスト、アグスティン・バリオス=マンゴレAgustin Barrios Mangore, 1885年5月5日~1944年8月7日)は多くのクラシックギターの名曲を書き残した天才作曲家でありながら、長い間正当に評価されず、死後30年以上経ってから漸く世界的に評価されるようになりました。この謎めいた天才、アグスティン・バリオスは私の興味と探求心の対象となりました。(→2017年2月17日付記事「長い間評価されなかった天才作曲家、バリオス」をご参照。)

そして、私は時間のある時などにバリオスに関する資料を探し、調べるようになりました。しかし、私が調べた範囲ではバリオスの評伝や伝記本は日本語では一冊も出版されていません。スペイン語では3冊は出版されていますが、私はスペイン語は分かりません。英語では「Six Silver Moonbeams: The Life and Times of Agustin Barrios Mangoré(Richard D. Stover 著、1992年)がありますが、既に絶版です。当時Amazonで探した時には中古本は25,000円以上もするので、すぐには買う気にはなれませんでした。


現代ギター81年12月号・表紙 by Poran111

そうしているうちに、SNS上のギター愛好家の書き込みにより、月刊誌「現代ギター」1981年12月号に『幻の巨匠バリオス』と題する特集記事があったことを知りました。
早速、出版元の現代ギター社にメールで問い合わせたところ、直ぐに返事をいただき、「この号は絶版で、現代ギター社にも今はないが、国立国会図書館には月刊『現代ギター』が過去のものも含めて所蔵されているはずだ」との回答を得ました。
もう3年以上前の話ではありますが、私は2013年12月に国立国会図書館を訪ね「現代ギター」1981年12月号を見つけることができ、この特集記事のコピーを取りました。

現代ギター81年12月号・目次 by Poran111

この特集はシーラ・ゴドイ氏及びヘスス・ベニーテス氏へのインタビュー記事が柱になっています。

シーラ・ゴドイ氏(Sila Godoy、1919年~2014年)はパラグアイ生まれのギタリストで、両親がバリオス本人と親しい付き合いがあり、母の弾くバリオスの曲を子供の頃から聴いていました。彼は中南米各国、各地を回り、散逸していたバリオスの曲の蒐集に努め、100曲以上の曲を集めました。バリオスを現代に甦らせた最大の功労者と言えます。
Sila Godoy (b. 1921) by Poran111 シーラ・ゴドイ

ヘスス・ベニーテス氏(Jesus Benites、1932年~2007年)はペルー生れのギタリストで、メキシコを中心に活躍しました。バリオスに傾倒し、バリオスの楽譜を集め、編纂し、1970年代に『バリオス・マンゴレ・ギター作品集』3巻(最終的には全4巻)を全音楽譜出版社から出版しました。この作品集は世界的に見ても画期的なものとなりました。

バリオスをよく知るこの二人との対談記事は、35年後の今見ても、大変貴重な情報であり、資料です。この号は既に絶版で、手に入らないものであり、また、アグスティン・バリオスに関心のある人にとっては十分な価値のあるものと考えますので、下に全文を転載します。また、この特集記事の写真コピーも参考までにその下に添付します。

・・・・・・・・・・・・・・・

《2017年2月20日追記:
本日、現代ギター社より流通の有無を問わずバックナンバー等、弊社の出版物・商品の権利は全て現代ギター社が保有しております。有償/無償に関わらず、弊社の許可なく公開することは認められません。」とのコメントをいただきましたので、上述の、この特集記事の転載は全て削除しました。》


2017年2月17日金曜日

長い間評価されなかった天才作曲家、バリオス


パラグアイ出身のギタリストであり作曲家のアグスティン・バリオス=マンゴレAgustin Barrios Mangore, 1885年5月5日~1944年8月7日)は多くのクラシックギターの名曲を書き残しており天才作曲家だと私は思います。

今の若いクラシックギター愛好者の人達にとっては、ギターを習い始めた時からアグスティン・バリオスの曲の楽譜は普通にあって、当たり前のようにバリオスの曲を弾いていただろうと思います。しかし、私の若い頃にはバリオスの曲を弾いている人はプロでもアマチュアでも誰もおらず、楽譜も売っていませんでした。つまり、私の若い頃にはバリオスは事実上存在していなかったのです。


ところで、私がクラシックギターを習い始めたのは高校2年の時です。2年に入って学校の勉強がスランプに陥った私は、気晴らしにカルカッシ・ギター教則本を買ってきて、全くの自己流、独学でクラシックギターの練習を始めました。


<自己流でギターの練習を始める@静岡市の自宅 1963年/高校2年>

さすがに、高校3年の時は受験勉強のため1年間ギターをやめていましたが、大学に入ると、また練習を再開しました。
学生時代には(つまり、50年も前のことですが)、私の友人でも、先輩でもバリオスの曲を弾いている人は一人もいませんでしたし、アグスティン・バリオスと言う名前すら日本では知られていませんでした。これは当時、ヨーロッパでも同じ状況だったようです。

私の若い頃、1960年代後半~1970年代には、クラシックギターを弾く人達は、私を含め、好楽社のギターピースを買って弾いていたものでした。その頃のギターピースの目録を今見ても、フランシスコ・タレガフェルナンド・ソルビラ=ロボスの曲はたくさん入っていますが、アグスティン・バリオスの曲は一曲もありません(下の写真)。

好楽社ギターピース by Poran111

そして、私は大学を卒業して会社に就職すると、入社1年目から平日は残業の連続でした。週末の、時間のある時に会社の独身寮で、相変わらずの自己流のギターを一人で慰めに弾く程度でした。そして、特にギター雑誌を読むわけではなく、国内外のクラシックギター界の情報からも遠ざかっていました。30歳を過ぎて結婚し、子供ができた頃からはとうとうギターを弾かなくなり、その後約25年間というもの、全くギターから離れていました。

勤務先会社独身寮の第2回寮祭/先輩のオーボエと 1970年5月19日 by Poran111

その後、還暦近く、会社生活も終わりに近づいた頃、家内から「またギターでも弾いてみたらどう?」と言われました。そうだ、自分にはギターがあったんだと思い、ほこりを被っていたギターを引っ張り出してきて、久し振りに弾いてみました。そしたら、たちまち再びクラシックギターに病み付きになりました。

おおよそ25年振りにギターの練習を再開し、周囲のギター愛好者たちを見ると、大勢の人達がバリオスの曲を弾いています。そして、きれいな曲、良い曲がたくさんあります。私も60歳を過ぎて、初めてバリオスの曲を練習することになりました。

私は長い間ギター界の情報から離れていましたので正確なことは分かりませんが、日本でバリオスの曲が弾かれることが多くなったのは1980年を過ぎてからだと推測されます。欧米でもこの状況は似たようなものだったようです。20世紀最大の巨匠であり、不世出の天才、アンドレス・セゴビア(1893年~1987年)はバリオスの曲を1曲も弾いていません(この事については別の記事で触れるつもりです)。もう一人の20世紀を代表するギタリスト、ナルシソ・イエペス(1927年~1997年)もバリオスの曲を録音していないようです。


<John Williams 演奏 Agstine Barrios 作曲 「ワルツ第4番」>

私が調べたところでは、バリオスの作品を評価し紹介した先駆者は現代の巨匠、ジョン・ウィリアムズ(1941年~)です。ジョン・ウィリアムズは1953年にアリリオ・ディアス(ヴェネズエラ生れ、1923年~2016年)から「パラグァイ舞曲」と「昔のメダル」の楽譜をもらい、バリオスに傾倒するようになったそうです。

それでも、バリオスが1944年に亡くなってからは、ずいぶん年数がたっています。
いずれにしても、バリオスは彼の母国や南米の一部の地域を除いては、全世界において長い間、正当に評価されていませんでした。
このような天才作曲家なのに、それは何故なのでしょうか?

私にとってはバリオスは謎めいた人物に思えました。そして、この疑問点から私のバリオスへの興味、好奇心は始まり、バリオスについて色々調べてみることになりました。バリオスについて調べるに従って、人間としてのバリオス、そして、バリオスの生き方に私はなにかシンパシーを感じるようになりました。

・・・アグスティン・バリオスについては続きを掲載する予定です・・・




2017年2月15日水曜日

晴れた冬の朝

このところ何日か、朝はマイナス15度位まで気温が下がる寒い日が続いています。
しかし、2月に入って日差しが少しずつ強くなってきているので、晴れていれば午後には少しはぬくもりを感じられることもあります。

 <蓼科高原から見る蓼科山 2017年2月15日09:12>

今朝はよく晴れて、風もない良い天気。蓼科山はきれいでした。

 <ランディと朝の散歩中 2007年2月15日09:14>

気持ちの良い朝の散歩です。

 <雪の散歩道 2017年2月15日09:29>

散歩道のカラマツ林の向こうには蓼科山と北横岳が眺められます(下の写真)。

<唐松林の向こうに見える蓼科山(左)と北横岳(右) 2月15日09:30>

天気予報では明日はようやく寒さがゆるんで、午後は氷点下を超えて、プラスの気温になりそうです。

2017年2月6日月曜日

湿った雪

昨日は天気予報は雨でしたが、予報ははずれて、夕方までほぼ一日雪が降りました。
しかし、気温が0度前後と温かかったので、湿った、べちゃっとした雪でした。

 <雪掻きしたアプローチ 2017年2月6日15:56>

今朝起きると、10cm位の積雪です。午前中、アプローチなど家の周りの雪掻きを家内と二人でしましたが、蓼科のいつもの軽い粉雪と比べると、湿った重い雪で、2倍以上の労力が要ります。10cm程度の積雪でも十分な運動になりました。

この冬は今まで雪が少なかったですが、雪掻きした両脇には雪の壁ができて(上の写真)、ようやくいつもの冬らしい光景に近づいてきました。

 <庭の樅の大木と唐松の木々 2017年2月6日15:58>

蓼科特有の粉雪ですと余程降らない限り、風が吹くと枝から雪が落ちてしまいますが、今日のような湿った雪だと木々の枝葉の上に雪が張り付いて、雪景色としてはこの方がきれいです。

 <雲に隠れた蓼科山(中央)/散歩道から見る 2017年2月6日16:13>

今日は昼過ぎに一時また雪が降りましたが、午後遅くなると止んで、晴れ間が出てきました。

<唐松林の雪の散歩道 2017年2月6日16:24>

夕方のランディとの散歩ではきれいな雪化粧が楽しめました。