2017年12月31日日曜日

オーストラリア旅行の写真集(2)/ハミルトン島、ウルル、ブルーマウンテンズなど

オーストラリア旅行の写真集その二は、4月14日(金)ハミルトン島旅行から4月27日(木)に帰国するまでの部分です。

<ハミルトン島のReef View Hotelから見たキャッツアイベイ 4月14日16:38>

4月14日(金)~16日(日)はイースター休暇を利用して、長男家族と一緒にハミルトン島(Hamilton Island)に2泊3日の旅行をしました。
ハミルトン島まではシドニーから飛行機で約2時間20分です。


  <Reef View Hotelの宿泊した部屋から見たキャッツアイベイ 4月15日07:02>

ハミルトン島はグレートバリアリーフを代表するリゾート・アイランドです。

<ホワイトヘブンビーチで遊ぶ家族 2017年4月15日14:50>

ホワイトヘブンビーチ (Whitehaven Beach) は、ハミルトン島に隣接するウィットサンデー島 (Whitsunday Island) の東側に約8km続くシリカサンドのビーチです。

ホワイトヘブンビーチで遊ぶ孫娘たち 2017年4月15日15:21>


<ハミルトン島の展望地から見る光景① 2017年4月16日09:53>


<ハミルトン島の展望地から見る光景② 2017年4月16日10:04>


<ハミルトン島ハーバー 2017年4月16日10:33>

そして、4月18日(火)~20日(木)は家内と二人でウルル-カタジュタ国立公園に2泊3日で旅行しました。シドニーからウルル(エアーズロック)までは飛行機で約3時間半のフライトです。時差がー30分あります。
ウルルとカタジュタはオーストラリアのほぼ中央に位置します。

カタジュタ(オルガ岩群) 2017年4月18日16:15

着いた1日目、18日はまずカタジュタ Kata Tjuta (オルガ岩群 The Olgas)を見ました。
カタジュタはウルルの西約45kmにある巨岩群で、マウントオルガをはじめとする大小36の岩からなる一帯の総称です。「カタジュタ」はアボリジニ名で「沢山の頭」を意味するそうです。

カタジュタのワルパ渓谷 2017年4月18日17:15

カタジュタの中のワルパ渓谷(オルガ渓谷)を散策しました。

<夕暮れ時のウルル(エアーズロック) 2017年4月18日18:57>

その後、夕暮れ時のウルル Uluru (エアーズロック Ayers Rock)を見ました。
ウルルは地上からの高さ346m、周囲9.4kmの世界最大級の一枚岩です。

この日はウルルとしてはめずらしく雨が時々降っていたため、ウルルは青紫色に見えました。普段は夕陽で真っ赤に見えるそうです。

<朝のウルル(エアーズロック) 2017年4月19日07:24>

翌朝はサンライズ・ツアーに参加し、日の出時のウルルを見ました。
砂漠地帯のウルルとしてはめずらしく、前日から曇ったり雨が降ったりし、更に夜は雷雨となりました。そのため、めずらしい青色のサンライズのウルルを見ることができました。
普段は日の出と共にサーモンピンクになり、オレンジ色に変わるそうです。

<ウルルに現れた滝 2017年4月19日08:07>


前夜の雷雨の影響で、ウルルの岩肌を流れ落ちる滝をたくさん見ることができました。
砂漠のウルルでは1年に5回位しかこの滝を見られないそうで、およそ1.4%の確率です。そういう点では、滅多に見られないウルルの滝を見ることができた我々は幸運だったようです。

<ウルルのウォーキングトレイルを歩く 4月19日11:21>

二日目、19日の午後からは晴れてきて、普段の赤茶けたウルルになりました。

<エアーズロック・リゾートから見たウルル(望遠で) 4月20日12:17>

宿泊施設があるエアーズロック・リゾートはウルルから20km以上離れています。
三日目、20日も朝から晴れていて、エアーズロック・リゾートからはオレンジ色のウルルが見えました(上の写真)。

<帰りの飛行機から見たウルル 2017年4月20日15:33>

砂漠地帯ではめずらしい雨のお蔭で、我々は何種類もの色のウルルを見ることができました。
実際に見たウルルは予想していた以上に壮大で、神秘的な雰囲気を持っていました。
原住民、アボリジニがウルルを大切な聖地として守ろうとしていることが分かる感じがします。

<ブルーマウンテンズ 2017年4月22日12:18>

次に、4月22日(土)~23日(日)は長男家族と一緒にマイカーでブルーマウンテンズ(Blue Mountains)とジェノランケーブ(Jenolan Caves)に一泊旅行をしました。

<ブルーマウンテンズのシーニックスカイウェイ 2017年4月22日13:45>

シドニーの西、内陸に向かって70kmほど行ったところに4,000km 以上にわたって連なる山脈があり、その一部がブルーマウンテンズ国立公園です。

<ブルーマウンテンズのスリーシスターズ 2017年4月22日14:45>

そして、4月25日(火)はアンザック・デー(Anzac Day)の祭日で、長男家族がハンターバレー(Hunter Valley)にマイカーで日帰りで連れて行ってくれました。
ハンターバレーはシドニーの北西約160kmにあり、オーストラリアで最も長い歴史を誇るワインの名産地です。

<ハンターバレー・ワイナリーのブドウ畑 2017年4月25日14:20>

いよいよ4月26日(水)は帰国の日となりました。
午後にお世話になった長男のお嫁さんや孫たちに別れを告げ、20:45シドニー空港発カンタス航空機に乗り、27日(木)5:15に羽田空港に無事到着しました。

2017年12月30日土曜日

オーストラリア旅行の写真集(1)/メルボルン~シドニー

私がこのブログを書いている第一の理由は自分としての記録です。
今年もまもなく終わろうとしていますが、我が家にとって今年の一番大きなイベントは4月に1ヶ月近くの間、夫婦でオーストラリアに旅行したことです。
しかし、オーストラリアから帰国後、畑仕事やクラシックギターの催しなどが相次いで、バタバタして、オーストラリアについての記事を全く書いていませんでした。

今さらではありますが、私にとって記録に残しておきたい写真を2回に分けて掲載しておきます。まずはその一で、4月3日(月)に成田を出発し、メルボルン→シドニーに旅行した4月13日(木)までの分です。

<ランディをドックホテル・ナイトウさんに預ける 2017年4月3日11:10>

小淵沢IC近くのいつものドッグホテル・ナイトウさんにランディを預け、家内と二人で4月3日(月)20:30成田発のカンタス航空でメルボルンに向かいました。

<メルボルンのフリンダーズ・ストリート駅 2017年4月4日11:56>

4月4日(火)朝7:55にメルボルンの空港に到着。予約してあったホテルに着いた後、その日は自分たちでメルボルンの市街をトラムに乗ったりして、散策しました。

<シティサークルトラム@メルボルン 2017年4月4日14:15>

メルボルン2日目、4月5日はメルボルンの西、ビクトリア州の沿岸を走るグレートオーシャンロード(Great Ocean Road)1日ツアーに参加しました。

<グレートオーシャンロード 2017年4月5日16:21>

グレートオーシャンロード(Great Ocean Road)は200km以上続く道で、世界で一番美しい海岸線とも呼ばれます。

<グレートオーシャンロードの「12使徒」の岩 2017年4月5日16:22>

メルボルンの3日目、4月6日はメルボルンの東約35kmの所にあるダンデノン丘陵への半日ツアーに参加しました。

ダンデノンの丘の蒸気機関車パッフィン・ビリー 2017年4月6日11:27>

ここではダンデノンの丘を走る、人気の蒸気機関車パッフィン・ビリーに乗りました。

ダンデノン丘陵を走る蒸気機関車パッフィン・ビリー 2017年4月6日11:55


蒸気機関車パッフィン・ビリー 2017年4月6日>


メルボルンのセント・ポール大聖堂 2017年4月6日16:59

メルボルンに3泊した後、4月7日(金)メルボルン空港発11:30のカンタス航空機で12:55にシドニー空港に到着しました。
シドニーでは、郊外東部のflat(賃貸高層マンション)に暮らす長男家族の家に滞在しました。

<シドニーのハイドパークとセント・メアリー大聖堂 2017年4月8日11:13

4月8日(土)から3日間は長男家族がシドニーの街とその周辺を案内してくれました。

<シドニーのサーキュラー・キー(埠頭) 2017年4月8日13:24


<シドニー・オペラハウス 2017年4月8日16:38>


<シドニー・ハーバーブリッジ 2017年4月8日16:42>


<息子の住むflat(賃貸高層マンション)から見たシドニーの郊外 4月9日09:33>


<コラロイビーチのCollaroy Rockpool@シドニー郊外 4月9日13:25>

シドニーのほとんどのビーチには、上の写真のように海水を使ったタイドプールが併設されています。

<夕暮れ時のサーキュラーキー(埠頭)とシドニー中心部 4月10日18:01>


<夜のシドニー・オペラハウス 2017年4月10日19:33>


<孫娘のためにクラシックギターを買ってあげる@シドニー郊外の楽器店 4月12日>

12日(水)は平日で、息子のお嫁さんの車に乗せてもらい、息子の家の近くの楽器店に行き、孫娘のために小振りのクラシックギターを買ってあげました。

2017年12月11日月曜日

第43回かやぶき倶楽部「ムージカ・エマセネポー Fun Time Concert!」

一昨日、9日(土)午後は第43回かやぶき倶楽部「ムージカ・エマセネポー Fun Tome Concert!」を金鳳寺に聴きに行きました。
かやぶき倶楽部」は、伊那市富県の金鳳寺(きんぽうじ)を会場にして毎月原則第3土曜日にコンサートと歌声サークルを行っている音楽の集いです。

<金鳳寺本堂@伊那市 2017年12月9日13:27>

今回演奏する「ムージカ・エマセネポー」はクラシックギタリスト、斎藤明子さんなど信州で暮らすクラシック演奏家5人で編成された音楽ユニット。この日は、そのメンバーの中からクラシックギター・斎藤明子さん、クラリネットの小平真司さん、ピアノの中村敦子さんの3人で演奏されました。

プログラムは次の通りでした。

♬クラリネットとギターで
 *ヴィ―トリオ・モンティ作曲  チャールダーシュ
 *W. A. モーツァルト作曲   クラリネット協奏曲(k. 622)より第2楽章
♬ギターとピアノで
 *ホアキン・ロドリーゴ作曲  アランフェス協奏曲 第2楽章
♬斎藤明子さんギター・ソロ
 *クリスマス・ソング
♬全員で
 *アストル・ピアソラ作曲   オブリビオン
♬ピアノとギターで
 *アストル・ピアソラ作曲   ル・グラン・タンゴ
♬全員で
*アストル・ピアソラ作曲    リベルタンゴ

<アランフェス協奏曲第2楽章の演奏 12月9日14:23>

この日のプログラムの中でも、アランフェス協奏曲第2楽章については私はYouTubeでの斎藤明子さんの演奏(下)を何度も聴いて、参考にしていましたので、是非生演奏を聴きたいと思っていました。今回ようやく実現しました。生演奏では矢張り正確なテクニックで、また、カデンツァでは情熱的に、そして、情感豊かに、心に響いてくる演奏でした。また、弦をはじく右手は時に早く、激しくも、常に正確で、その指さばきは見惚れてしまうほどです。
<アランフェス協奏曲第2楽章/ギター斎藤明子&関西フィルハーモニー>

「ムージカ・エマセネポー」の3人のアンサンブルは流石に息が合っていて、特にピアソラの曲は洒脱に、「ピアソラ・タンゴ」の味を十分楽しませていただきました。

  <「ムージカ・エマセネポー」メンバー3人でピアソラを演奏 12月9日>

コンサートの後は、お茶タイムの休憩を挟んで、第二部としてコーラスの時間でした。「ムージカ・エマセネポー」の3人の伴奏で、帰れソレント、昴やクリスマス・ソングを全員で大きな声で歌いました。健康に良さそうな、楽しい時間でした。

<金鳳寺から伊那市街方面を望む 2017年12月9日13:27>

かやぶき倶楽部」では年間10回くらい名演奏家たちを招いてのコンサートをこの金鳳寺本堂で開催しています。地方自治体などの支援金の活用があるようで、当日会費1,000円と非常に安い料金で聴けますので、とても有り難い、貴重な場だと思います。

2017年12月10日日曜日

冷え込む初冬

一昨日、8日(金)は昼間の間ずっと、パラパラと雪が降っていました。
そして、昨日9日(土)の朝はマイナス12度まで冷え込み、今朝、10日(日)も同じくマイナス12度までの冷え込み。12月の初めなのに真冬のような寒さになりました。

 <ランディとの朝の散歩 2016年11月9日09:00>

しかし、そのおかげで再びきれいな雪景色です。5~6cmくらい積もりました。
雪が積もった後の方が、雪の湿度の影響なのか空気がマイルドになり、外を歩いていて快適です。

 <カラマツ林の向こうに見える蓼科山(左)と北横岳(右) 12月9日09:05>

ランディとの散歩は再び雪道散歩。カラマツ林の向こうに、真っ白な蓼科山と北横岳が見えます(上の写真)。

<家の近くの道路 2017年12月9日09:20> 

もうこの辺はスタッドレスタイヤでないと無理な道路状況です。

<我が家の前の道路と蓼科山 12月9日09:24>

我が家の前の雪の道路からも、正面に蓼科山が望めます。

2017年12月7日木曜日

台湾周遊旅行⑤/台北(2)

ツアー五日目、26日(日)は午後に忠烈祠、國立故宮博物院などを見た後、夕方、貸し切りバスで、台北の東約30kmに位置する山あいの小さな町、九份(ジョウフェン)に向かいました。バスは1時間近くかかって到着しました。

九份は1893年に金鉱が発見され、日本統治時代(1895年~1945年)に空前の繁栄を誇りました。しかし、第二次世界大戦後に金鉱脈が尽きるとともに急激にさびれ、一時は忘れ去られました。ところが、大ヒットした台湾映画『非情城市』(A City of Sadness)(1989年)のロケ地となったことで脚光を浴びるようになり、現在は時間が止まったようなノスタルジックな風景が魅力の人気観光地になっています。


<酒家・阿妹茶樓@九份 2017年11月26日18:27>

九份の街並みは、日本統治時代の面影を色濃くとどめており、路地や石段は当時に造られたもので、酒家(料理店)などの建物が多数残されています。
我々はそれらの酒家の一つ、豎崎路沿いにある「海悦樓」(上の写真の「阿妹茶樓」の向かい側)に入って郷土料理の夕食を食べました。

<九份の豎崎路 2017年11月26日18:42>

台湾の他の観光地と比べ、九份は若者の観光客が多く、中でも韓国人が目立っていましたが、日本人の若者もかなり来ていました。ここの中心となる豎崎路の狭い石段は、まるで日本の田舎の夏祭りの最中の時のように賑わい、混み合っていました。

豎崎路と軽便路との交差点@九份 2017年11月26日18:47>

九份を後にして、台北での宿泊地、圓山大飯店(The Grand Hotel Taipei)に夜8時頃に到着しました。

<夜の圓山大飯店外観 2017年11月26日20:40>

圓山大飯店は台北のランドマーク的存在で、中国宮殿式の豪奢な建物です。1952年開業で、14階建て、500室を有します。ロビーは広く、豪華で、これだけも十分見る価値があります。

<圓山大飯店のロビー/1階の左側はレストラン 11月26日20:34>

我々の宿泊した部屋はゆったりしていて、室内の梅を描いたガラス装飾はクラシカルな趣でした(下の写真)。

<圓山大飯店の宿泊した部屋 11月26日20:17>

翌朝起きると、部屋の広いベランダからは基隆河と台北市街が眺められました。

<宿泊した部屋のベランダから見た基隆河と台北市街 11月27日07:51>

このホテルは、1967年にアメリカの雑誌「Fortune」に世界の10大ホテルの一つとして選ばれています。

<朝の圓山大飯店外観 2017年11月27日07:30>

なお、我々の台湾人ガイドの話では、圓山大飯店の建物は総統だった蒋介石(1887年~1975年)が彼の夫人、宋美齢(1897年~2003年)にプレゼントしたものだそうです。ただ、私が帰国してからネットで調べても、こういう話の記載は見当たらず、ガイドの人のこの話がどの程度確かなのかは分かりません。

<台北市内の朝の通勤風景 2017年11月27日08:40>

翌日のツアー六日目、27日(月)はいよいよ最終日です。朝8時半に圓山大飯店を貸し切りバスで出発し、中正紀念堂(ヂョンヂェンジーニエンタン)に向かいました。

途中、台北市街はちょうど朝の通勤時間帯のようで、二輪車が通りにあふれていました(上の写真)。台湾ではどこの街でも二輪車が多く、オートバイではなく、スクーター・タイプが大半でした。女性も、そして中学生位に見える子供までスクーターに乗っていました。

<中正紀念堂の本堂前公園広場 2017年11月27日10:09>

さて、中正紀年堂は中華民国初代総統、蒋介石(1887年~1975年)を記念し、1980年に建てられた、顕彰施設です。
中正紀年堂の敷地面は25万平方メートルもあり、紀念本堂の面積は約1万5千平方メートル、建物の高さは70mあります。その他にも国家戯劇院国家音楽庁などがあり、その壮大さに驚きました。

<紀年本堂内の蒋介石銅像 2017年11月27日10:07>

紀念本堂のメインフロアの奥には巨大な蒋介石の銅像が設置されています。このメインフロアでも、忠烈祠と同じように衛兵の交代式が行われていました。

<紀念本堂内の蒋介石像前での衛兵交代式 11月27日10:02>

その後は、台北で最も歴史が古いという龍山寺(ロンシャンスー)を見て、そして、お決まりの免税店に寄り、昼頃に我々は桃園国際空港に着きました。
そして、桃園空港発15:20のエバー航空機に乗り、予定通り19:10頃に成田空港に無事帰着しました。

<JTBツアー6日間台湾周遊図>

6日間のツアーでざっーとではありますが、台湾をぐるっと回って見ることができました。
台湾に2,000年前頃から居住していた原住民は文字を持たず、記録が残っていません。台湾で歴史の記録が残るのは17世紀になってオランダやスペインが台湾に上陸し、また、大陸から漢民族が流入してからです。ですから、その歴史は長くはありません。また、台湾の面積は日本の九州ほどです。従って、歴史的遺産や自然景観と言っても、世界レベルから見たら、ちょっと小粒になることは止むを得ません。
それにもかかわらず、初めての台湾は私にとっては興味深く、おもしろい6日間でした。

6日間、朝、昼、晩全て私は中華料理(郷土料理を含む)を食べていましたが、飽きることなく、美味しく食べられました。ホテルの朝食は全てバイキング形式でしたが、ここでも中華料理を中心に食べていました。朝の中華粥は私のお気に入りになりました。

参加したのはJTBのツアー(参加者は19人)でしたが、台湾を代表するレベルの二つのホテル(台北と高雄の圓山大飯店)に泊まってこの値段(ツアー代金1人82,800円)であれば、コストパフォーマンスは良かったな、というのが印象です。