2017年12月11日月曜日

第43回かやぶき倶楽部「ムージカ・エマセネポー Fun Time Concert!」

一昨日、9日(土)午後は第43回かやぶき倶楽部「ムージカ・エマセネポー Fun Tome Concert!」を金鳳寺に聴きに行きました。
かやぶき倶楽部」は、伊那市富県の金鳳寺(きんぽうじ)を会場にして毎月原則第3土曜日にコンサートと歌声サークルを行っている音楽の集いです。

<金鳳寺本堂@伊那市 2017年12月9日13:27>

今回演奏する「ムージカ・エマセネポー」はクラシックギタリスト、斎藤明子さんなど信州で暮らすクラシック演奏家5人で編成された音楽ユニット。この日は、そのメンバーの中からクラシックギター・斎藤明子さん、クラリネットの小平真司さん、ピアノの中村敦子さんの3人で演奏されました。

プログラムは次の通りでした。

♬クラリネットとギターで
 *ヴィ―トリオ・モンティ作曲  チャールダーシュ
 *W. A. モーツァルト作曲   クラリネット協奏曲(k. 622)より第2楽章
♬ギターとピアノで
 *ホアキン・ロドリーゴ作曲  アランフェス協奏曲 第2楽章
♬斎藤明子さんギター・ソロ
 *クリスマス・ソング
♬全員で
 *アストル・ピアソラ作曲   オブリビオン
♬ピアノとギターで
 *アストル・ピアソラ作曲   ル・グラン・タンゴ
♬全員で
*アストル・ピアソラ作曲    リベルタンゴ

<アランフェス協奏曲第2楽章の演奏 12月9日14:23>

この日のプログラムの中でも、アランフェス協奏曲第2楽章については私はYouTubeでの斎藤明子さんの演奏(下)を何度も聴いて、参考にしていましたので、是非生演奏を聴きたいと思っていました。今回ようやく実現しました。生演奏では矢張り正確なテクニックで、また、カデンツァでは情熱的に、そして、情感豊かに、心に響いてくる演奏でした。また、弦をはじく右手は時に早く、激しくも、常に正確で、その指さばきは見惚れてしまうほどです。
<アランフェス協奏曲第2楽章/ギター斎藤明子&関西フィルハーモニー>

「ムージカ・エマセネポー」の3人のアンサンブルは流石に息が合っていて、特にピアソラの曲は洒脱に、「ピアソラ・タンゴ」の味を十分楽しませていただきました。

  <「ムージカ・エマセネポー」メンバー3人でピアソラを演奏 12月9日>

コンサートの後は、お茶タイムの休憩を挟んで、第二部としてコーラスの時間でした。「ムージカ・エマセネポー」の3人の伴奏で、帰れソレント、昴やクリスマス・ソングを全員で大きな声で歌いました。健康に良さそうな、楽しい時間でした。

<金鳳寺から伊那市街方面を望む 2017年12月9日13:27>

かやぶき倶楽部」では年間10回くらい名演奏家たちを招いてのコンサートをこの金鳳寺本堂で開催しています。地方自治体などの支援金の活用があるようで、当日会費1,000円と非常に安い料金で聴けますので、とても有り難い、貴重な場だと思います。

2017年12月10日日曜日

冷え込む初冬

一昨日、8日(金)は昼間の間ずっと、パラパラと雪が降っていました。
そして、昨日9日(土)の朝はマイナス12度まで冷え込み、今朝、10日(日)も同じくマイナス12度までの冷え込み。12月の初めなのに真冬のような寒さになりました。

 <ランディとの朝の散歩 2016年11月9日09:00>

しかし、そのおかげで再びきれいな雪景色です。5~6cmくらい積もりました。
雪が積もった後の方が、雪の湿度の影響なのか空気がマイルドになり、外を歩いていて快適です。

 <カラマツ林の向こうに見える蓼科山(左)と北横岳(右) 12月9日09:05>

ランディとの散歩は再び雪道散歩。カラマツ林の向こうに、真っ白な蓼科山と北横岳が見えます(上の写真)。

<家の近くの道路 2017年12月9日09:20> 

もうこの辺はスタッドレスタイヤでないと無理な道路状況です。

<我が家の前の道路と蓼科山 12月9日09:24>

我が家の前の雪の道路からも、正面に蓼科山が望めます。

2017年12月7日木曜日

台湾周遊旅行⑤/台北(2)

ツアー五日目、26日(日)は午後に忠烈祠、國立故宮博物院などを見た後、夕方、貸し切りバスで、台北の東約30kmに位置する山あいの小さな町、九份(ジョウフェン)に向かいました。バスは1時間近くかかって到着しました。

九份は1893年に金鉱が発見され、日本統治時代(1895年~1945年)に空前の繁栄を誇りました。しかし、第二次世界大戦後に金鉱脈が尽きるとともに急激にさびれ、一時は忘れ去られました。ところが、大ヒットした台湾映画『非情城市』(A City of Sadness)(1989年)のロケ地となったことで脚光を浴びるようになり、現在は時間が止まったようなノスタルジックな風景が魅力の人気観光地になっています。


<酒家・阿妹茶樓@九份 2017年11月26日18:27>

九份の街並みは、日本統治時代の面影を色濃くとどめており、路地や石段は当時に造られたもので、酒家(料理店)などの建物が多数残されています。
我々はそれらの酒家の一つ、豎崎路沿いにある「海悦樓」(上の写真の「阿妹茶樓」の向かい側)に入って郷土料理の夕食を食べました。

<九份の豎崎路 2017年11月26日18:42>

台湾の他の観光地と比べ、九份は若者の観光客が多く、中でも韓国人が目立っていましたが、日本人の若者もかなり来ていました。ここの中心となる豎崎路の狭い石段は、まるで日本の田舎の夏祭りの最中の時のように賑わい、混み合っていました。

豎崎路と軽便路との交差点@九份 2017年11月26日18:47>

九份を後にして、台北での宿泊地、圓山大飯店(The Grand Hotel Taipei)に夜8時頃に到着しました。

<夜の圓山大飯店外観 2017年11月26日20:40>

圓山大飯店は台北のランドマーク的存在で、中国宮殿式の豪奢な建物です。1952年開業で、14階建て、500室を有します。ロビーは広く、豪華で、これだけも十分見る価値があります。

<圓山大飯店のロビー/1階の左側はレストラン 11月26日20:34>

我々の宿泊した部屋はゆったりしていて、室内の梅を描いたガラス装飾はクラシカルな趣でした(下の写真)。

<圓山大飯店の宿泊した部屋 11月26日20:17>

翌朝起きると、部屋の広いベランダからは基隆河と台北市街が眺められました。

<宿泊した部屋のベランダから見た基隆河と台北市街 11月27日07:51>

このホテルは、1967年にアメリカの雑誌「Fortune」に世界の10大ホテルの一つとして選ばれています。

<朝の圓山大飯店外観 2017年11月27日07:30>

なお、我々の台湾人ガイドの話では、圓山大飯店の建物は総統だった蒋介石(1887年~1975年)が彼の夫人、宋美齢(1897年~2003年)にプレゼントしたものだそうです。ただ、私が帰国してからネットで調べても、こういう話の記載は見当たらず、ガイドの人のこの話がどの程度確かなのかは分かりません。

<台北市内の朝の通勤風景 2017年11月27日08:40>

翌日のツアー六日目、27日(月)はいよいよ最終日です。朝8時半に圓山大飯店を貸し切りバスで出発し、中正紀念堂(ヂョンヂェンジーニエンタン)に向かいました。

途中、台北市街はちょうど朝の通勤時間帯のようで、二輪車が通りにあふれていました(上の写真)。台湾ではどこの街でも二輪車が多く、オートバイではなく、スクーター・タイプが大半でした。女性も、そして中学生位に見える子供までスクーターに乗っていました。

<中正紀念堂の本堂前公園広場 2017年11月27日10:09>

さて、中正紀年堂は中華民国初代総統、蒋介石(1887年~1975年)を記念し、1980年に建てられた、顕彰施設です。
中正紀年堂の敷地面は25万平方メートルもあり、紀念本堂の面積は約1万5千平方メートル、建物の高さは70mあります。その他にも国家戯劇院国家音楽庁などがあり、その壮大さに驚きました。

<紀年本堂内の蒋介石銅像 2017年11月27日10:07>

紀念本堂のメインフロアの奥には巨大な蒋介石の銅像が設置されています。このメインフロアでも、忠烈祠と同じように衛兵の交代式が行われていました。

<紀念本堂内の蒋介石像前での衛兵交代式 11月27日10:02>

その後は、台北で最も歴史が古いという龍山寺(ロンシャンスー)を見て、そして、お決まりの免税店に寄り、昼頃に我々は桃園国際空港に着きました。
そして、桃園空港発15:20のエバー航空機に乗り、予定通り19:10頃に成田空港に無事帰着しました。

<JTBツアー6日間台湾周遊図>

6日間のツアーでざっーとではありますが、台湾をぐるっと回って見ることができました。
台湾に2,000年前頃から居住していた原住民は文字を持たず、記録が残っていません。台湾で歴史の記録が残るのは17世紀になってオランダやスペインが台湾に上陸し、また、大陸から漢民族が流入してからです。ですから、その歴史は長くはありません。また、台湾の面積は日本の九州ほどです。従って、歴史的遺産や自然景観と言っても、世界レベルから見たら、ちょっと小粒になることは止むを得ません。
それにもかかわらず、初めての台湾は私にとっては興味深く、おもしろい6日間でした。

6日間、朝、昼、晩全て私は中華料理(郷土料理を含む)を食べていましたが、飽きることなく、美味しく食べられました。ホテルの朝食は全てバイキング形式でしたが、ここでも中華料理を中心に食べていました。朝の中華粥は私のお気に入りになりました。

参加したのはJTBのツアー(参加者は19人)でしたが、台湾を代表するレベルの二つのホテル(台北と高雄の圓山大飯店)に泊まってこの値段(ツアー代金1人82,800円)であれば、コストパフォーマンスは良かったな、というのが印象です。

2017年12月5日火曜日

台湾周遊旅行④/花蓮~台北(1)

ツアー五日目、26日(日)は花蓮市から列車にて台北市に向かいます。
台湾の西側(台湾海峡側)には日本の技術を導入して2007年に開業した、台北市と高雄市の間を結ぶ新幹線があります。しかし、東側(太平洋側)には在来線しかありません。

<乗車した台北行き特急列車@花蓮駅 2017年11月26日08:28>

我々は花蓮駅朝8:39発、台北駅10:50着の特急列車に乗りました。在来線ですが、座席も客室内もゆったりしていて、日本の新幹線よりも快適でした。

<「鼎泰豊」台北信義店と入店待ちの人達 11月26日11:10>

台北駅に着くと直ぐに、早めの昼食をとりに、市内のレストラン「鼎泰豊」(ディンタイフォン)台北信義店に向かいました。ここは小籠包の人気レストランです。1993年に「ニューヨークタイムズ」誌にて世界10大美食レストランとして選出され、ブレイクしたようです。11時ちょっと過ぎに店に着きましたが、もう満席。しかし、時間が早かったので、そんなに待たずに席に着くことができました。

<前菜 ~豆腐干の和え物と豆もやしの和え物>

我々のランチはコース料理です。まず。2種類の前菜が出ました(上)。
(以下、料理の写真はチャーハンを除いて6人分のものです。)

<小籠包>

小籠包はプレイン(上)の他に、鶏肉など、全部で3種類の小籠包が出ました。
小籠包は口の中でとろけるような美味しさです。

<海老と豚肉入り焼売>

海老&豚肉入りの焼売も出ました。

<椎茸入り野菜蒸し餃子>

蒸し餃子は、椎茸入り野菜(上)の他に、豚肉と魚、全部で3種類です。

<サンラータン/スープ>

そして、サンラータンのスープと豚肉チャーハン。

<豚肉チャーハン>

デザートは餡子入り小籠包(下)。

<あん入り小籠包/デザート>

やはり、ここの小籠包は絶品でした。お昼からこれだけ食べたら、お腹がいっぱいになりました。
鼎泰豊は現在、世界各地に海外支店を展開していて、日本国内にも既に10店舗以上があります。この台北信義店は鼎泰豊の第1号店(本店)で、我々が出る時には、店の前は入店待ちの人達であふれ、90分待ちでした。

<忠烈祠正門の衛兵 2017年11月26日13:44>

昼食の後は、忠烈祠(デュンリエツー)を訪ねました。忠烈祠は、抗日戦争や共産党軍との戦いで国民党政府のために戦死した約33万人の霊を祀り、1969年に創建された廟です。

<忠烈祠の正門から本殿に向かって進む交代式の衛兵たち 11月26日14:02>

本殿(下の写真)は中国宮殿式で、北京故宮の大和殿を模して建てられたそうです。

忠烈祠の本殿と、そこに向かう衛兵たち 11月26日14:07>

廟は軍の管理下にあり、毎日正時ごとに正門の衛兵の交代式が行われます。ちょうど我々が訪れた時に、この衛兵の交代式を見ることができました(下の動画)。

          <忠烈祠の衛兵交代式 11月26日14:08>

その後は台北の北の郊外にある國立故宮博物院に行きました。
故宮博物院は主に中国の歴代皇帝が所有していた宝物や芸術品を収蔵しており、中華文明のコレクションにおいては世界一の博物館です。収蔵品は69万点以上にのぼり、その全てを見るには8年以上はかかると言われています。

<國立故宮博物院外観 2017年11月26日16:16>

これらの宝物の多くは、蒋介石率いる国民党が中国内戦で毛沢東の中国共産党に敗れ、1949年に200万人の人々と共に台湾に逃れてきた際に、蒋介石が大陸から大量に運び込んだものだそうです。

<國立故宮博物院の前庭 2017年11月26日16:17>

我々のツアーのここでの見物時間は約1時間半でしたので、「翠玉白菜」や「肉形石」など有名なものを中心に見ました。

2017年12月4日月曜日

台湾周遊旅行③/墾丁~台東~花蓮

ツアー三日目、24日(金)は朝、高雄の圓山大飯店を出発し、約120km南の墾丁(ケンディン)に貸切り観光バスで向かいます。
墾丁手前の恆春(ハンチュン)付近の海岸沿いのレストランで海鮮料理の昼食をとった後、12時ちょっと過ぎに台湾本島最南端の町、墾丁に到着。墾丁は台湾を代表する南国リゾートです。

鵝鑾鼻の岬から見る墾丁の海岸線 2017年11月24日12:22>

我々は墾丁の中でも最南端の鵝鑾鼻(ヲ―ルアンビイ)の岬を見物しました。
岬の展望台からは東に太平洋、正面(南側)にバシー海峡、西に台湾海峡を一望できました。

鵝鑾鼻(ヲ―ルアンビイ)の灯台 2017年11月24日12:27>

台北から墾丁まで、これまでは台湾の西側(台湾海峡側)を南下してきましたが、墾丁の鵝鑾鼻(ヲ―ルアンビイ)岬からは台湾の東側(太平洋側)に回り、北上します。
墾丁から約130km北の、東部最大の温泉地、知本(ジーベン)温泉郷に貸し切りバスで向かいます。

<台湾のGoogleマップ>

上のGoogleマップでも分かるように、台湾の東側(太平洋側)は西側(台湾海峡側)に比べて平地が少ないです。特に墾丁から知本温泉までの道路は険しい海岸に山が迫り、農耕ができるような土地はあまりありませんでした。

<宿泊した知本センチュリーホテル/FBのホームページより転載>

夕方、知本温泉に到着しました。知本温泉は日本統治時代(1895年~1945年)から温泉郷として開発されました。泉質は無色透明の炭酸泉で、大型のリゾートホテルが点在しています。
我々が宿泊した知本センチュリーホテル(Jhiben Century Hotel)は比較的新しいホテルで、屋上にアルカリ性露天風呂「四季風呂美人湯」がありました。

  <知本センチュリーホテルの屋上露天風呂/FBのホームページより転載>

夕食前に露天風呂に入りましたが、眼下に知本溪が眺められ、立派な温泉でした。洗い場がシャワーのみという点を除けば、入浴の仕方は日本と全く同じでした。

<台湾ビール@知本センチュリーホテルのレストラン 11月24日17:38>

夕食はこのホテルのレストランで中華料理です。台湾のレストランではアルコールはいつも台湾ビールでした(上の写真)。台湾のビールは日本のような辛口ではなく、Budweiserなどアメリカのビールのようなサラッとした味わいです。美味しく飲めました。

<三仙台 2017年11月25日08:54>

さて、ツアー四日目、25日(土)は朝7時半に知本温泉を出発し、約200km北の花蓮市に向かいます。
バスは海岸線を1時間ちょっと走って、景勝地、三仙台(サンシエンタイ)に到着し、見物しました。三仙台は三つの巨石が並ぶ大岩礁で、もともとは岬でしたが、海水に浸食されて離れ小島になったそうです。

<北回帰線標誌 2017年11月25日10:20>

その後は海蝕洞窟である八仙洞(バーシエンドォン)を見て、海岸線の花東公路の途中にある北回帰線標誌に寄りました(上の写真)。
台湾は北回帰線を境に南は熱帯気候、北は亜熱帯気候になります。

<太魯閣渓谷 2017年11月25日14:07>

午後は花蓮市に到着し、大理石工場を見学した後、更にそこから北に約30kmの、台湾随一の景勝地、太魯閣(タールーグー)に向かいました。
太魯閣は立霧溪の流れが長い年月をかけて大理石の岩盤を削ってできた大渓谷です。

<太魯閣の岩を掘りぬいた遊歩道 2017年11月25日14:11>

深い谷間に沿って曲がりくねった細い道路やトンネルが続きます。写真では立体感が出ないので、うまく伝わりませんが、たくさんの奇岩、深い渓谷、高く切り立った断崖は圧倒されるような迫力でした。

太魯閣渓谷の長春祠~右下のオレンジ色の屋根 2017年11月25日14:55>

太魯閣渓谷の入口付近に長春祠(チャンチュンツー)があります。この渓谷を通る東西横貫公路の建設中に事故で亡くなった225人を祀って、1958年に建てられた祠です。長春祠から流れる落ちる滝は中国の風景画を思わせます(上の写真の右下)。

そして、夕方に花蓮市街地の中心部にある、この日のホテル、Marshal Hotelに到着しました。夕食までに時間があったので、家内と二人で街を散策しました。

<花蓮市街 2017年11月25日17:04>

花蓮市は東海岸では最大の都市ですが、それでも人口は約11万人です。西海岸の台北市、台中市、高雄市の人口がいずれも270万人を超えることを考えれば、東側の人口がいかに少ないかが分かります。
台湾人ガイド、Rさんのお話では、台湾は南北に3,000mを越えるたくさんの山を抱く高い山脈が壁のように連なっていて、山々が海に迫っている東側は台風が来た時に逃げ場がありません(上のGoogleマップをご参照)。一方、強い台風も高い壁のような山脈を越えて西側に来た時には勢力が弱まっています。しかも、西側は平地も東側より広いので、人口も産業も西側に集中していると言うことだそうです。

事実、台湾の最高峰、玉山は標高3,952mで、これを含めて日本の富士山よりも高い山が全部で3つもあります。不勉強な私は、富士山よりも高い山が台湾に3つもあることを今回初めて知りました。

2017年12月3日日曜日

台湾周遊旅行②/高雄

ツアー二日目、23日(木)は午前中に日月潭を見た後、そこから約160km南の台南市(人口約188万人)に向かいました。
途中、台湾郷土料理の昼食をとり、午後3時頃に台南市に到着し、赤嵌樓と延平郡王廟を見物。
その後、そこから更に約50km南の高雄市に向かいました。

<蓮池譚の中の龍虎塔@高雄 2017年11月23日15:53>

高雄市は人口約278万人の台湾第2の都市で、アジア有数の港町です。

高雄ではまず左營蓮池譚(ズオインリエンチータン)を見物しました。蓮池譚は高雄市街地の北、左營区にある面積7ヘクタールの淡水湖です。湖畔には極彩色の塔や拝殿が点在しています。池の中の龍と虎の二つの龍虎塔が有名で、口を開けた龍から入って、口を開けた虎から出ると福が来るという言い伝えがあります。

<龍虎塔の上から見た蓮池譚 2017年11月23日15:57>

我々も龍の口から入って、龍虎塔の上に登ってみました。塔の上からは池全体と、向こうに市街地が望めました(上の写真)。

<壽山公園から見る高雄港(右)と高雄市街地 11月23日16:41>

その後は、高雄市街地の西にある壽山公園に貸し切りバスで向かいました。壽山公園の展望台からは高雄港(上の写真の右上)とその南(写真左側)にビルの林立する市街地が一望できました。

<国際観光夜市@高雄市の六合二路 11月23日18:25>

夕食は市内のレストランで海鮮料理を食べ、その後そのまま、六合二路の国際観光夜市に繰り出しました。夜市は数百メートルにわたり、魚介類などのフードを中心とした屋台が並んで賑わっていました。我々は黒砂糖を使ったお菓子を自分のお土産に買いましたが、なかなか美味しかったです。

<高雄圓山大飯店の宿泊した部屋のベランダから見る夜景 11月23日19:23>

高雄でのホテルは市中心部から7km程北東に行った所にある澄清湖(チョンチンフー)の湖畔にある高雄圓山大飯店です(大飯店とは台湾語でホテルの意味)。

<高雄圓山大飯店の正面外観 2017年11月24日07:37>

高雄市街を見下ろすことができる小高い丘にあり、伝統的な中国宮殿式の建物で、立派な豪華なホテル。快適に過ごしました。