2012年6月29日金曜日

スペイン旅行振り返り(4):アランフェス

6月2日(土)は朝9時にマドリードのホテルをバスで発ち、その南約50kmに位置するアランフェスに向かいました。

タホ川@アランフェス 2012年6月2日 by Poran111

乾燥地帯が多いスペインにあって、アランフェスはタホ川源流の水の恵みにより樹木が良く育ち、緑豊かな土地です。16世紀中頃から、王家の春と秋の別荘として王宮の建設が始まりました。そして、18世紀後半のカルロス3世の時代になって漸く完成し、町全体が王家の離宮といった佇まいです。
ここは私がスペインでどうしても見たかった町の一つです。と言うのは、20世紀スペインを代表する作曲家、ホアキン・ロドリーゴ(1901年~1999年)によるギター協奏曲の傑作、有名な「アランフェス・コンチェルト」があるからです。


ホアキン・ロドリーゴは1901年バレンシア州サグントに生まれますが、悪性ジフテリアの後遺症で4歳の時に全視力を失いました。その音楽的才能から、8歳からバレンシア音楽院で本格的に音楽の勉強を始め、作曲家・ピアニストとして開花します。

<ロドリーゴ作曲「アランフェス協奏曲」第2楽章「アダージョ」;ナルシソ・イエペス(10弦ギター使用)による名演奏です。>

ロドリーゴがパリ留学中にスペイン内戦(1936年7月~1939年3月)が始まりました。この内戦中、フランコ側の軍隊がアランフェスに入城し、人民戦線側の市民を壁に立たせて銃殺するという出来事もあったと言います。

そんな中、帰国がかなわぬロドリーゴは、スペインやアランフェスの平和への思いを込めて「アランフェス協奏曲」を書き続けたと言われます。内戦終結後、ロドリーゴは元ピアニストのビクトリア夫人と共にアランフェスを訪れ、肌で、耳で、香りでアランフェスの自然を感じ、そのインスピレーションによりこの協奏曲を完成させました。また、第2楽章「アダージョ」には、長子を流産して悲しみに暮れる夫人への慰め、それと神への祈りも込められていると、後年になって自身が告白しています。

アランフェス王宮南側 2012年6月2日 by Poran111

アランフェス協奏曲は、ギターの奏法について大いに助言をしたギタリスト、サインス・デ・ラ・マーサ(N.イエペスの師)によって1940年11月に初演されました。

アランフェス王宮西側 2012年6月2日 by Poran111

現在の静かな、美しい佇まいからは、ここでスペイン内戦中に市民を銃殺する事件があったとは想像もできません。

東側から見たアランフェス王宮 2012年6月2日 by Poran111

アランフェス王宮外観のデザインや色彩は比較的簡素ですが、王宮内には豪華な部屋がたくさんあり、見応えがありました。(王宮内は撮影禁止のため、写真は撮っていません。)
島の庭園の噴水/アランフェス王宮 2012年6月2日 by Poran111

王宮の北側には「島の庭園」と、150万平米もある広大な「王子の庭園」が広がります。

アランフェス王宮北側と川 2012年6月2日 by Poran111

王宮の建物のすぐ北側にある「島の庭園」はタホ川の流れを利用して作られた人口の島です。

島の庭園/アランフェス王宮 2012年6月2日 by Poran111

美しい花や木々の生えるフランス様式の庭園には、水の豊かなアランフェスだけあって、いくつもの泉が点在しています。

島の庭園の噴水/アランフェス王宮 2012年6月2日 by Poran111

2012年6月28日木曜日

スペイン旅行振り返り(3):セゴビア

6月1日(金)午後はマドリッド市内で昼食後、北西約95kmにあるセゴビアにバスで向かいました。1時間ちょっとで、巨大な水道橋を見上げるセゴビアのアソゲホ広場に到着しました。

水道橋(左)とセゴビア市街 2012年6月1日 by Poran111

セゴビアの水道橋は紀元1世紀頃にローマ人によって建造され、全長は728m、このアソゲホ広場前が最も高く、約29mに達します。

セゴビアの水道橋 2012年6月1日 by Poran111

1928年にはこの橋の上部に水道管が設置され、形を変えながらも今も水道橋の役目を果たしています。
ここの橋を見ると、4年まえにフランス旅行をした時に見た、ポン・デュ・ガールの水道橋を思い出します(下の写真)。(フランス旅行振り返り/アヴィニョン、アルル、他」をご参照。)
image from www.flickr.com



ポン・デュ・ガールの水道橋は、紀元前19年頃にローマ皇帝アウグストゥスの腹心アグリッパの命令で架けられたと考えられています。
ポン・デュ・ガールの水道橋は3段アーチ形ですが、セゴビアのは2段アーチです。技術的なことは分かりませんが、川の上に架かる橋と市街地に架かる橋の違いがあるのかもしれません。
いずれにしても、2000年くらい前にこんな巨大な水道橋がフランスとスペインに建設されていたということは、当時のローマ人の土木技術の凄さはさることながら、ローマ帝国の政治的、経済的力の強さがなければできないことだと思われます。

セゴビアの旧市街 2012年6月1日 by Poran111

その後セゴビアの旧市街を歩きました。

セゴビアのカテドラル 2012年6月1日 by Poran111

旧市街の中央、マヨール広場の前にはカテドラルがあります。セゴビアのカテドラルは、一旦破壊されたものを、カルロス1世によって再建され、1577年に完成したもの。繊細で優雅な雰囲気を持つ、後期ゴシック様式です。

アルカサル正門 2012年6月1日 by Poran111

更に歩いて、旧市街の西端にあるアルカサルに行きました。
セゴビアのアルカサルは二つの川が合流する地点にそびえる岩山の上に建ちます。13世紀頃から歴代の王によって増改築が繰り返されて出来上がり、王家の居城だった城です。

アルカサル室内 2012年6月1日 by Poran111

1474年にはイサベル女王の即位式が行われ、1570年にはフェリペ2世の結婚式もここで行われました。

アルカサルから見たエル・パラル修道院 2012年6月1日 by Poran111

その優雅な外観から、ディズニー映画『白雪姫』のお城のモデルになったと言われます。

アルカサル全景 2012年6月1日 by Poran111

夕方、バスで又マドリッドのホテルに戻り、夕食はホテルのレストランでとりました。

2012年6月27日水曜日

スペイン旅行振り返り(2):マドリッド

マドリッドで2泊したホテル、NH Paraque Avenidas はラス・ベンタス闘牛場の近くにありました。

マドリードのホテル NH PARQUE AVENIDAS by Poran111

6月1日(金)朝9時にバスでホテルを出発し、マドリッド市内観光に出掛けました。半日でマドリッド市内を見ると言うことですから、かなりの駆け足です。

マドリード市街 2012年6月1日 by Poran111

最初にスペイン広場に行きました。セルバンテスの没後300年を記念して、1930年に作られた広場で、中央の白い記念碑にはセルバンテスが座り、その下にはドン・キホーテとサンチョ・パンサの黒い像が立っています(下の写真)。記念碑の後ろにそびえるのがスペインビルで、その左手は1948年の完成当時ヨーロッパの高さを誇ったと言うマドリッド・タワー。

ペイン広場@マドリード 2012年6月1日 by Poran111


次に王宮に行きました。ブルボン王朝第1代の国王フェリペ5世が建築を命じ、1764年に完成した、フランス・イタリア風の王宮で、現在も公式行事に使われているとの事(下)。

王宮&フェリペ4世像とPoran  2012年6月1日 by Poran111

下の写真は王宮の前にあるオリエンテ広場横の街並み。

オリエンテ広場近くの街並み 2012年6月1日 by Poran111

次にプラド美術館に向かいました。

プラド美術館横の教会 2012年6月1日 by Poran111

プラド美術館は1819年に開館し、現在は8,000点を超す美術品を所蔵し、世界三大美術館の一つと言われています。

プラド美術館 2012年6月1日 by Poran111

プラド美術館について、詳しくはcharanのブログをご参照ください。→「スペイン旅行(3)マドリッドMadrid ②プラド美術館

マドリードの市内バス 2012年6月1日 by Poran111

マドリッドには二両連結のバスが走っていました。

国立王妃芸術センター(左側)と広場 2012年6月1日 by Poran111

その後、国立ソフィア王妃芸術センターに行きました。ここは病院だった歴史的建造物を改修し、1986年にオープンし、スペインの近代及び現代美術を中心に1万点以上を所蔵しています。

国立ソフィア王妃芸術センターについて、詳しくはcharanのブログをご参照ください。→「スペイン旅行(4)マドリッドMadrid ③国立ソフィア王妃芸術センター

農林水産省@マドリード 2012年6月1日 by Poran111

市内で昼食にタパスを食べた後、午後はセゴビアに向かいます。

2012年6月25日月曜日

入笠山を歩く

一昨日、23日(土)は梅雨の中休みで、ようやく晴れました。
そこで、入笠山(にゅうかさやま)のスズランが今きれいだと聞いていたので、ランディを連れて入笠山に行ってみることにしました。
入笠山入口の、富士見パノラマリゾートのゴンドラの山麓駅までは我が家から車で40分です。

ゴンドラすずらん 2012年6月23日 by Poran111

尻込みするランディをゴンドラに押し込んだところ、臆病なランディは初めて乗るゴンドラにビビって、床の上に這いつくばっていました(下の写真)。
ゴンドラで這いつくばるランディ 2012年6月23日 by Poran111


10分間の搭乗時間も終わりに近づいてきた頃には漸く慣れたようで、ランディはゴンドラの椅子に足をかけて、外の景色を眺めていました(下の写真)。
ゴンドラから眺めるランディ 2012年6月32日 by Poran111


ゴンドラを降りて少し歩くと、すぐに入笠湿原に出ました。
入笠湿原にはオレンジ色のレンゲツツジが咲き、日本スズランが白い小さな花をつけていました。

入笠湿原とレンゲツツジ 2012年6月32日 by Poran111

ランディと一緒に、入笠湿原を抜けて、入笠山山頂方向に更に歩き、「花畑」まで行きました。

入笠山花畑付近 2012年6月32日 by Poran111


入笠湿原から花畑にかけては100万本以上のスズランが自生し、今、小さな白い花をきれいに咲かせています。

スズラン 2012年6月23日 by Poran111

日本で流通しているスズランは大半がヨーロッパ原産の「ドイツスズラン」だそうですが、ここのは野生の日本スズラン。日本スズランは花が小さく花茎が葉より短いため、花が葉の下に隠れてしまいます。しかし、とても可憐な花です。全国でも数が少なくなっているそうです。


ツマトリソウ 2012年6月32日 by Poran111

その他にも、7枚の花びらを持つ、白い小さなツマトリソウ(上)や、紅紫色のクリンソウ(下)など、色々な花がきれいに咲いていました。

クリンソウ 2012年6月32日 by Poran111

入笠湿原とスズラン 2012年6月32日 by Poran111

ランディも我々と一緒に元気に山を歩きました。

入笠湿原のランディとCharan 2012年6月23日 by Poran111

その後、また戻って、ゴンドラ山頂駅のちょっと下にある「恋人の聖地」八ヶ岳展望台に行きました。

「恋人の聖地」から眺めるランディ 2012年6月23日 by Poran111

ランディも「恋人の聖地」から首を出して、遠くの景色を眺めていました(上)。
「恋人の聖地」展望台の下はパラグライダーのスタート地になっていて、パラグライダーが風を受けて、大空に順番に飛び立って行きました。

入笠スズラン公園近くのパラグライダー 2012年6月23日 by Poran111

ここはマウンテンバイクのコースにもなっていて、大勢のマウンテンバイクの人達が来ていて、乗っていたゴンドラからもマウンテンバイクが急な斜面を走り下りて行く姿が見えました。
マウンテンバイク@富士見パノラマリゾート 2012年6月23日 by Poran111

入笠山、富士見パノラマリゾートは我が家から比較的近いのに、今回初めて来ました。ここは冬のスノー・リゾートだけでなく1年を通じて遊べるように工夫されています。違うシーズンにもまた来てみようと思います。

2012年6月23日土曜日

スペイン旅行振り返り(1):成田~マドリッド

5月31日(木)昼過ぎにマイカーにランディを乗せて蓼科の家を出発。小渕沢インター近くのドッグホテル「asako-pan」にランディを預けました。

成田ビューホテル 2012年5月31日0725 by Poran111

そして、中央高速、首都高を通って成田に夕方着きました。宿泊した成田ビューホテルは宿泊するとその前後いずれか15日間駐車料金が無料です。今まで海外旅行に行った時は全て電車か高速バス利用でしたが、マイカーで行ってホテルに前泊すると、当日はゆったり出掛けられ、意外と便利で、料金もトータルでは割安でした。

マドリードに向かうスペイン上空 2012年5月31日1847 by Poran111

5月31日(土)10:40成田空港発、KLMオランダ航空にて予定通り出発。アムステルダム経由で、予定よりちょっと早く19:00頃マドリッド空港に着きました。

マドリード空港 2012年5月31日1911 by Poran111

スペインは夏時間でもあり、この時期は陽が長く、夜8時頃でも昼間のような明るさでした。

マドリードの幹線道路 2012年5月31日1947 by Poran111

今回行ったスペインは私が前から一度は行きたいと思っていた国でした。
というのは、スペインは私の趣味のクラシックギターとは縁が深く、クラシックギター発祥の地と言っても良いでしょう。

スペインが生んだクラシックギター関係者を振り返ってみます。

バレンシア州ビリャレアル出身のフランシスコ・タレガ(1852年~1909年)は名ギタリストであり、有名な「アルハンブラの想い出」など多数のクラシックギターの名曲を作曲しました。「近代ギターの父」と言われ、現代クラシックギターの基礎を作りました。タレガは私の最も好きなクラシックギターの作曲家であり、今の私のレパートリー(沢山はありませんが)の多くをタレガの曲が占めています。
練習中のタレガ by Poran111

そして、タレガの高弟で、バレンシア生まれのミゲル・リョベート(1878年~1938年)は「アメリアの遺言」などのギターの名曲を作曲し、20世紀におけるクラシックギター復興の立役者と言われています。
ミゲル・リョベート by Poran111

また、最近ではギター協奏曲の傑作、「アランフェス・コンチェルト」で知られる、バレンシア州出身の盲目の作曲家、ホアキン・ロドリーゴ(1901年~1999年)がいます。
ホアキン・ロドリーゴ 写真 by Poran111

演奏家では、不世出の天才、アンドレス・セゴビア(1893年~1987年)は私の最も好きなギタリストです。アンダルシア州リナーレス生まれのセゴビアはセゴビア・トーンと呼ばれる独特の美しい音を出し、「現代クラシックギター奏法の父」とみなされています。セゴビアの弾くフランシスコ・タレガやイサーク・アルベニスの曲の数々は素晴らしく、私はセゴビアを超えるギタリストは未だに現れていないと個人的には考えています。
Segovia - My Favourite Works/CD表紙 by Poran111

また、映画「禁じられた遊び」のテーマ曲「愛のロマンス」で一世を風靡した、ムルシア州生まれのナルシソ・イエペス(1927年~1997年)は世界的ギタリストで、日本にも度々訪れています
ギタリスト小原聖子女史/N.イエペスと談笑 by Poran111
上の写真は私が今レッスンンを受けている小原聖子先生(当時22歳)と対談するナルシソ・イエペス(当時38歳)(昭和41年)。

ギター製作においては、アンダルシア州アルメリーア生まれのアントニオ・デ・トーレス(1817年~1892年)は扇状に広がる力木の構造を考案し、19世紀ギターよりも一回り大きいボディのギターを製作して、モダンギターの原型を確立しました。上述のフランシスコ・タレガ(1852年~1909年)は生涯の殆どにわたってアントニオ・トーレスのギターを愛用していました。
Antonio_de_torres_jurado_001 by Poran111

トーレスの後は、マドリッド生まれのホセ・ラミレス1世(1858年~1923年)とその弟、マヌエル・ラミレス(1864年~1916年)に受け継がれ、ラミレスはクラシックギター製作の名門となりました。ホセ・ラミレス家は4世(1953年~2000年)まで続き、ラミレス門下からはサントス・エルナンデス(1874年~1943年)、マルセロ・バルベロ(1904年~1956年)、パウリーノ・ベルナベ(1932年~)など多くの優れたギター製作家を輩出しています。
マヌエル・ラミレス製作ギター(1910年) by Poran111

このように、こだわりを持って海外旅行する場合には、4年前に3週間にわたってフランス旅行をした時のように個人旅行で行く必要があります。最初、そのつもりで「トーマスクック・ヨーロッパ鉄道時刻表」などでスペイン事情を調べていました。しかし、スペインは鉄道の便が悪く、ヨーロッパの中では治安もあまり良くない。更に、今は愛犬・ランディがいて、家から離れては1泊2日しか外泊したことがなく、3週間以上もペットホテルに預けて大丈夫かという心配もありました。そこで、今回はじっくり掘り下げて見る個人旅行はあきらめ、JTBのスペイン周遊10日間ツアーに参加し、ともかく効率良く、一通り見てくることにしました。