6月2日(土)は朝9時にマドリードのホテルをバスで発ち、その南約50kmに位置するアランフェスに向かいました。
乾燥地帯が多いスペインにあって、アランフェスはタホ川源流の水の恵みにより樹木が良く育ち、緑豊かな土地です。16世紀中頃から、王家の春と秋の別荘として王宮の建設が始まりました。そして、18世紀後半のカルロス3世の時代になって漸く完成し、町全体が王家の離宮といった佇まいです。
ここは私がスペインでどうしても見たかった町の一つです。と言うのは、20世紀スペインを代表する作曲家、ホアキン・ロドリーゴ(1901年~1999年)によるギター協奏曲の傑作、有名な「アランフェス・コンチェルト」があるからです。
ホアキン・ロドリーゴは1901年バレンシア州サグントに生まれますが、悪性ジフテリアの後遺症で4歳の時に全視力を失いました。その音楽的才能から、8歳からバレンシア音楽院で本格的に音楽の勉強を始め、作曲家・ピアニストとして開花します。
<ロドリーゴ作曲「アランフェス協奏曲」第2楽章「アダージョ」;ナルシソ・イエペス(10弦ギター使用)による名演奏です。>
ロドリーゴがパリ留学中にスペイン内戦(1936年7月~1939年3月)が始まりました。この内戦中、フランコ側の軍隊がアランフェスに入城し、人民戦線側の市民を壁に立たせて銃殺するという出来事もあったと言います。
そんな中、帰国がかなわぬロドリーゴは、スペインやアランフェスの平和への思いを込めて「アランフェス協奏曲」を書き続けたと言われます。内戦終結後、ロドリーゴは元ピアニストのビクトリア夫人と共にアランフェスを訪れ、肌で、耳で、香りでアランフェスの自然を感じ、そのインスピレーションによりこの協奏曲を完成させました。また、第2楽章「アダージョ」には、長子を流産して悲しみに暮れる夫人への慰め、それと神への祈りも込められていると、後年になって自身が告白しています。
アランフェス協奏曲は、ギターの奏法について大いに助言をしたギタリスト、サインス・デ・ラ・マーサ(N.イエペスの師)によって1940年11月に初演されました。
現在の静かな、美しい佇まいからは、ここでスペイン内戦中に市民を銃殺する事件があったとは想像もできません。
アランフェス王宮外観のデザインや色彩は比較的簡素ですが、王宮内には豪華な部屋がたくさんあり、見応えがありました。(王宮内は撮影禁止のため、写真は撮っていません。)
王宮の北側には「島の庭園」と、150万平米もある広大な「王子の庭園」が広がります。
王宮の建物のすぐ北側にある「島の庭園」はタホ川の流れを利用して作られた人口の島です。
美しい花や木々の生えるフランス様式の庭園には、水の豊かなアランフェスだけあって、いくつもの泉が点在しています。
poranさん、こんばんは。
返信削除charanさんのブログと同時にスペイン旅行記楽しみに
読ませていただいております。
今回はイエペスのアランフェス協奏曲の映像もアップしていただきその素晴らしさに感激でした。
家にロバートキャパの写真集がありその作品の中には
スペイン内乱の写真も数多くあります。
この曲がその平和への願いも込めてロドリーゴが
作ったとは知りませんでした。
名曲ですね!
dorinさん、コメントありがとうございます。
削除その曲の書かれた背景などが分かると理解が深まり、味わいが増す感じがしますね。アランフェス協奏曲は何度聴いても飽きない、名曲だと思います。