2016年10月31日月曜日

北スペイン&ポルトガル旅行振り返り(13):リスボン→帰国

6月14日(火)はいよいよリスボンを発ち、帰国です。
しかし、ここでちょっとしたトラブルです。

<リスボン空港 2016年10月14日08:32>

我々は当初、早朝6:00にリスボン空港発のエールフランス航空機で帰国する予定でした。しかし、エールフランス航空がパイロット・ストライキのために飛ばないことになりました。代わりのフライトを押さえるために、添乗員Iさんは東京のユーラシア旅行社本社と夜を徹してやり取りをしていたようです。Iさんは前夜はあまり寝る時間がなかったのではないかと思われます。

<リスボン空港を飛び立つ/向こうはテージョ川とヴァスコ・ダ・ガマ橋 6月14日09:37>

ともかく、代わりのフライトを手配してもらうことができ、朝9:00リスボン空港発のTAPポルトガル航空機に乗り込み、リスボンを発ち、ローマに向かいました。

<ローマ空港に到着したTAPポルトガル航空機 2016年6月14日13:14>

そして、ローマ空港からはアリタリア航空機に乗り換え、翌日、15日(水)朝10:30に無事成田に帰着しました。

成田空港からは、マイカーを停めてあった成田ビューホテルまでシャトルバスで行き、マイカーに乗って高速道路をひたすら走りました。途中のサービスエリアで昼食を食べて、中央高速道小淵沢ICで降りて、ランディを預けてあったペットホテル・ナイトウさんには午後5時過ぎに到着しました。
待ってくれていたランディは、我々が着くと、フェンスの入口の所まで迎えに来てくれました(下の写真)。ここは小さな牧場のようになっていて、犬たちは広い庭で伸び伸び遊べるので、長期間預かってもらっていても安心です。

<ペットホテル・ナイトウさんで待っていたランディ 6月15日17:19>

さて、この「北スペイン&ポルトガル旅行振り返り」記事も、帰ってきてから4ヵ月も経ってようやく書き終えました。

全体を振り返れば、ポルトガルは国全体が大西洋に面していて、港あり、川ありの風情は日本人の感覚にしっくりきます。比較的治安も良いです。また、港町が多いので食べ物は魚介類が多く、これらは日本人の口に合って、どれも美味しくいただけました。機会があるならば、訪問する町を絞って、例えばポルトやリスボン郊外のシントラなど、個人でゆっくり訪問してみたいなという印象を持ちました。
また、北スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラも期待通りの魅力ある町で、一日かけてゆっくり見ることができたのは価値がありました。

なお、今回のツアーでは女性添乗員Iさんが快活で、また熱心に対応してくださったことも楽しい旅行になった一つの要因でした。

       <北スペイン&ポルトガル旅行・行程地図2016年6月6日~15日>

2016年10月29日土曜日

北スペイン&ポルトガル旅行振り返り(12):リスボン(二日目~午後・夜)

リスボン二日目、6月13日(月)は宿泊ホテルに近いレストラン「Leao d'Ouro」で昼食をとった後、ホテルに戻り、午後は自由時間となりました。

そこで、我々はリスボン市内のケーブルカーに乗りに行きました。リスボンにはケーブルカーの3つの路線があり、いずれも市内の低い所と高い所を短距離で結びます。リベルダーデ通りに乗り口のあるグロリア線に行きました。宿泊ホテルからは歩いて1kmもありません。

<グロリア線のケーブルカー@フォス宮の横の乗り口 2016年6月13日16:38>

電車が走る距離は500mもありませんから、すぐに終点に着いてしまいますが、これはこれで面白かったです。

<グロリア線のケーブルカーに乗る 2016年6月13日16:42>

到着駅を降りると、すぐ横にサン・ペドロ・アルカンタラ展望台があり、リスボンの街並みが眼下に一望できました。

<サン・ペドロ・アルカンタラ展望台から見るリスボンの街並み 6月13日6月13日16:49>

展望台からはバイシャ地区、アルファマ地区などの旧市街、サン・ジョルジェ城、更に向こうにテージョ川がきれいに眺められました(上の写真)。

<帰りもケーブルカーに乗って下る 6月13日16:59>

帰りもケーブルカーに乗って下り、リベルダーデ通りや広場を見物し、店を覗いたりしながら帰りました。

<レスタウラドーレス広場とオベリスク 6月13日17:11>

途中のリベルダーデ通り南端にはレスタウラドーレス広場があります。レスタウラドーレスとは「復興者たち」という意味だそうです。16世紀末から60年間、ポルトガルはスペインに支配されていましたが、1640年ついに蜂起し、ポルトガルは再独立を勝ち取りました。広場中央には、勝利と独立の精神を表す、高さ30mのオベリスクが建っています(上の写真)。

<バイロ・アルト地区の通り 2016年6月13日20:02>

リスボン最後、そしてこのツアー最後のディナーはバイロ・アルト地区にあるファド・レストラン「O Forcado」です。バイロ・アルト地区はファドハウスやレストラン、バーが多く、どちらかと言えば、リスボンの夜の街です。

<ファ・ドレストラン「O Farcado」正面 2016年6月13日20:03>

O Forcado」(オ・フォルカード)は1967年開業で、「ファドの女王」と呼ばれるアマリア・ロドリゲス(1920年~1999年)が店の名前の名付け親だそうです。

<ファド・レストラン「O Farcado」の店内 2016年6月13日20:35>

ファドは通常、ポルトガルギター1名とクラシックギター1名の伴奏で、1名が歌います。
ファドの語源は「運命」(英語のfate)を意味し、郷愁や哀愁など、人々の様々な心の感情が表現されます。リスボンのファド歌手は大半が女性で、女性の心情を歌った物悲しい曲が多いのに対し、コインブラのファド歌手は男性で、コインブラ大学生が女性に捧げるセレナーデが基になっています。

<ファドのライブ@オ・フォルカード 6月13日20:40>

ファドにとっての重要な楽器であるポルトガルギタースチール弦、12本を張ってあり、6コースの全く同じに調律された複弦です(下の写真)。見たところ、クラシックギターとマンドリンの中間の楽器のようにも見えますが、楽器学的にはギターとの関連性は薄く、おそらくはイングリッシュ・ギターシターンの融合から生まれたと考えられているそうです。
また、ルトガルではポルトガルギターのことをギターラと呼び、クラシックギターをヴィオラと呼んでいます。

           <ポルトガルギターの演奏2016年6月13日22:05>

生で聴いたファドは切々と心の底から歌い上げ、時には魂の叫びのようでもあり、聴いている体に響いてきました。本場のライブを聴くことができて、満足でした。

ところで、この店でのディナーは前菜がタコの天ぷらで、メインはブイヤベースでした。ブイヤベースはいろんな魚介類がたっぷり入っていて、純粋なレストランとして見ても、十分美味しかったです。

タコの天ぷら

ブイヤベース

また、「O Forcado」の店内の壁には絵画やアズレージョ、アマリア・ロドリゲスが来店した時の写真などが飾られていました。
その中でも、壁に描かれた、ポルトガルギター演奏の大きなアズレージョ(タイル絵)はこの店らしくて、雰囲気にぴったりでした。

<レストランの壁に描かれたポルトガルギター演奏のアズレージョ 6月13日>

ファドのライブは午後8時半から午前1時までで、あとになるほど人気歌手が出てくるとの事です。しかし、我々は翌朝のリスボン発のフライトが早いこともあり、ちょっと残念ではありますが、夜10時半頃には店を出ました。

そして、夜11時頃にホテルに戻りました。
翌日、14日(火)朝は、いよいよリスボン発のフライトで帰国の途に就きます。

2016年10月25日火曜日

ランディと登る八方台と御射鹿池

昨日、24日(月)は快晴だったので、午後、ランディを連れて奥蓼科の八方台に登ることにしました。
八方台に登る前に、登り口の少し下にある御射鹿池(みしゃかいけ)に紅葉を見に寄ってみました。

<紅葉の御射鹿池 2016年10月24日14:09>

御射鹿池湯道街道(県道191号)沿い、標高1,528mの所にあり、我が家からは車で10分程です。
紅葉はちょうど見頃です。

<御射鹿池前の混み合う道路 2016年10月24日14:11>

御射鹿池の前の道路は今年の春ころからずっと拡張整備の工事が行われていて、池の反対側が広げられ、車を停められるスペースが造られました。しかし、池の畔への立ち入り禁止の規制が厳しくなり、今は柵の内側には全く入ることができません。
このため、柵の外からでは立木が邪魔で、良いアングルで池の写真を撮るのが難しくなりました。御射鹿池が有名になり、来訪者が増えて、池の周辺が踏み荒らされるのを防ぐためには止むを得ない措置なのでしょうが、ちょっと悩ましいところです。

<御射鹿池の紅葉 2016年10月24日14:14>

それはともかく、御射鹿池の向こう岸のカラマツは黄金色に染まっています。

<整備中の御射鹿池前の道路 2016年10月24日14:16>

御射鹿池前の道路の上の方はまだ拡張整備の工事が続いていますが、11月末には完了予定だそうです。

<八方台登り口近く@湯道街道 2016年10月24日14:27>

御射鹿池を見た後、湯道街道(県道191号)を車で3分ほど上って、渋辰野館ちょっと下の八方台登り口に着きました。道路脇の草むらの上に車を停めて、西側の登山道入り口(標高1,670m)から入りました。

<渋辰野館前のプライベート・ゲレンデ 2016年10月24日14:29>

湯道街道南側のプライベート・ゲレンデの中を歩いて横切って(上の写真)、東側の登山道に移り、そちらの道を登ります(下の写真)。

<八方台への東側の登り道 2016年10月24日14:32>

ちょっと登ると、展望の開けた所があり、秋晴れの中、手前にプライベート・ゲレンデと奥蓼科、左奥に蓼科高原が、そして向こうの山々、左から蓼科山、北横岳、縞枯山、茶臼山がきれいに眺められました(下の写真)。

<奥蓼科、蓼科高原、向こうに蓼科山(左)と北八ヶ岳 10月24日14:35>

更に、紅葉の山道をランディと家内と3人で歩きます。

<紅葉の道を登るランディ 2016年10月24日14:41>

そして、ゆっくり歩いて、30分弱で八方台頂上(標高1,790m)に着きました。

<八方台頂上(標高1,790m) 2016年10月24日14:56>

八方台頂上からは紅葉に染まった八ヶ岳連峰、茅野市街、南アルプスが眺められ、爽快でした。

<八方台から見る八ヶ岳連峰 2016年10月24日15:03>

ランディは頂上の標識の下で記念写真に納まりました。

<八方台頂上のランディ 2016年10月24日15:02>

そして、帰りは西側の登山道を下ります。

<紅葉の道を下るランディ 2016年10月24日15:16>

帰り道もカラマツなど木々は紅葉し、道はところどころ枯葉の絨毯のようになっています。

<枯葉の絨毯の登山道 2016年10月24日15:23>

帰りも写真を撮りながら歩いて、25分程で湯道街道の出発点に戻りました。

<停めてあった車に戻る@湯道街道 2016年10月24日15:30>

紅葉を眺めながらの、気持ちの良い、軽い山歩きでした。

2016年10月24日月曜日

立科町と上田市へ日帰りグルメ・ツアー

21日(金)は旨いものを買い、そして旨いものを食べに、北佐久郡立科町と上田市に家内と日帰りで出掛けました。
朝10時頃、蓼科の我が家を出て、ビーナスラインを女神湖方面に車で走ると、周辺の木々は黄色や赤に見事に染まって、ビーナスラインは”紅葉街道”の趣でした。

<上田りんご園のリンゴ畑 2016年10月21日>

そして、女神湖の先は県道40号を下り、我が家から1時間ほどで北佐久郡立科町五輪久保(ごりんくぼ)に到着しました。五輪久保の一帯はリンゴ畑だらけです。この地域は冷涼乾燥の気候がリンゴ栽培に適しているのだそうです。

<上田りんご園の倉庫 2016年10月21日>

私の畑仲間から、旨くて、安いと紹介された上田りんご園を訪ねました。倉庫に入ると、りんごの詰まったケースがたくさん置いてありました。
今は「シナノスイート」が旬の時期で、大型のリンゴよりも小型の方が日持ちがして、味は変わらないとのお話しでしたので、小型のシナノスイート30キロを買いました。

<倉庫の中に積まれたリンゴ・ケース 2016年10月21日11:28>

次に、そこからくねくねの下り道を10分程走って、上田市下丸子の味噌店、大桂商店に行きました。大桂(だいけい)商店は文政4年(1821年)創業の老舗の味噌、醤油醸造元です。

<大桂商店外観 2016年10月21日>

10月2日放映のNHKテレビ番組『キッチンが走る!”信州上田・新和食によみがえる真田一族の戦い”』の中で、この大桂商店が紹介され、ここの味噌が創作料理に使われました。
そこで、ちょっとミーハーではありますが、この味噌店に寄ってみました。

<大桂商店の店内 2016年10月21日12:09>

『キッチンが走る!』の番組に登場した七代目当主、小林大史さんがいらして、色々お話をお聞きし、味噌3種類を1キロずつ買いました。

その後は上田市の町中に車を走らせて、上田城の真ん前、上田市観光会館1階にある蕎麦店「千本桜」に行って、お昼を食べました。行くと、人気店らしく10人以上が並んでいましたが、それほど待たないで席に着けました。

<田舎くるみそば・大盛@千本桜 2016年10月21日13:30>

私が注文したのは「田舎くるみそば」の大盛りです。観光地ど真ん中の蕎麦店なので味がどうかなと思いましたが、そんな心配は無用で、蕎麦の純朴な風味のようなものが感じられる味。くるみはたっぷり付いて、やや甘口ですが、くるみたれも良かったです。
大盛を注文したら、私が蓼科界隈で食べている蕎麦の3人分位の量がありましたが、頑張って食べました。

<上田城 2016年10月21日13:54>

ここまで来たので、昼食後は、上田城に入りました。
城内は平日なのに、ずいぶんの人出です。上田城の花見の時期とそんなに変わらないような込み具合に感じました。

<信州上田真田丸大河ドラマ館・外観 2016年10月21日>

上田城には既に2回来たことがあり、一通り見ているので、今回は「信州上田真田丸大河ドラマ館」を見てみました。
大河ドラマ館では、NHK大河ドラマ「真田丸」のストーリーに沿って、セットや衣装、ロケ風景などが展示されていて、それなりに面白かったです。この館内も大勢の人で混雑していて、土・日曜はどれだけ混むのだろうかと思いました。「真田丸」人気の程が分かりました。

信州上田真田丸大河ドラマ館・館内 2016年10月21日14:24>

そして、帰りの途中でスーパーで買い物をして、我が家には夕方5時前に帰着しました。

<リンゴ「シナノスイート」3箱 2016年10月22日>

さて、この日買ってきたものは、まず上田りんご園の「シナノスイート」3箱、合計30キロです(上の写真)。

これをもちろん夫婦二人で全部食べるわけではなく、かなりの部分は息子の家族や親戚に送ってあげます。
早速食べましたが、十分な甘みがあって、ジューシーです。

<手造り味噌、3種類 2016年10月22日>

次に、大桂商店の手作り、天然醸造、無添加の味噌、次の3種類各1キロです。

*発芽米味噌・芽(めばえ)・・・発芽米をふんだんに使用し、しっかりとした旨味、甘味が特徴。
*吟醸仕込み・誉(ほまれ)・・・ 北海道産の高級大豆を使用し、地元米の麹140%で仕上げ。
*店主の隠し味噌・・・麹歩合18割、甘口、旨口味噌。

早速、味噌汁、味噌うどんなどにして食べました。ご飯にこれら3種類の味噌をそのまま乗せて食べてみましたが、それも美味しかったです。

収穫充分の日帰りツアーでした。

2016年10月22日土曜日

蓼科高原、白樺高原などの紅葉

昨日、21日(金)は北佐久郡立科町のリンゴ農家にリンゴを買いに行くために、朝、家内と蓼科の我が家を出て、車でビーナスラインを走りました。

<蓼科高原と八ヶ岳連峰(左奥)、南アルプス(右奥) 2016年10月22日10:20>

ビーナスラインをちょっと走ると、標高1,700mの所に見晴らしの良い、女の神(めのかみ)展望台があります。そこに車を停めて眺めると、高い所に薄っすら雲はかかっていましたが、蓼科高原がきれいに色付き始めています。

<蓼科高原と、後ろに甲斐駒ケ岳など南アルプス 2016年10月22日10:22>

女の神展望台からは左から八ヶ岳連峰、甲斐駒ケ岳などの南アルプス、木曾駒ケ岳などの中央アルプスが眺められます。上の写真の池は城の平別荘地内の貯水池です。

<八子ヶ峰と中央アルプス@女の神展望台 2016年10月22日10:21>

女の神展望台から10分ほど女神湖方面に走ると、白樺高原に入り、もう一つの展望スポット、夕陽の丘があります。

<白樺高原と、向こうに車山@夕陽の丘 2016年10月22日10:32>

夕陽の丘からは広葉樹の林の向こうに、黄金色に色づき始めているカラマツの森、そして車山がきれいです(上の写真)。

<白樺高原と、後ろに北アルプス@夕陽の丘 2016年10月22日10:34>

色付いた森のずっと右(北)の方には北アルプスも眺められます。

今、ビーナスラインもメルヘン街道(国道299号)も、標高1,500m~1,700m辺りを走ると周辺は黄色や赤に見事に染まり、”紅葉街道”の趣になっています。

2016年10月21日金曜日

北スペイン&ポルトガル旅行振り返り(11):リスボン(二日目~昼まで)

リスボンの二日目、6月13日(月)は朝8:45にバイシャ地区のホテル・ムンディアル(Hotel Mundial)をバスで出発し、その東の、テージョ川沿いのアルファマ地区に行きました。ここはリスボンの下町です。

<聖アントニオ教会 2016年6月13日09:07>

まず、アルファマ地区にある聖アントニオ教会を見ました。前日、6月12日(土)夜に我々は聖アントニオ祭の前夜祭パレードを見ましたが、この日は聖アントニオ祭当日なので、教会には大勢の信者が集まっていました。

<聖アントニオ教会のミサ 2016年6月13日09:16>

ちょうど聖アントニオ教会ではミサを執り行っていましたが、大勢の人達で、椅子に座れない人々は後ろで立って祈っていました(上の写真)。

<リスボン・カテドラル(大聖堂)正面 2016年6月13日>

聖アントニオ教会のすぐ東隣にリスボンの大聖堂(カテドラル)があります。このカテドラルは1147年にイスラム礼拝堂跡に、アフォンソ・エンリケスの命によって建てられ、当初は砦の役目もあったらしく、堅固な造りです。1755年のリスボン大地震も生き延びました。元々はロマネスク様式の簡素なカテドラルでした。

<リスボン・カテドラルの祭壇(内陣) 2016年6月13日09:27>

その後、バロック様式の祭壇(上の写真)などが付け加えられ、現在はさまざまな様式が混じり合っています。

さて、次はリスボンの町を離れて、貸し切りバスでユーラシア大陸最西端のロカ岬に向かいます。

<霧に包まれたロカ岬 2016年6月13日10:53>

バスは1時間ほど走ってロカ岬に着きました。着くと、ロカ岬は濃い霧に覆われて、全く見えません。ここは高さ140mの断崖の上で、晴れていれば眼前に大西洋が広がり、”地の果て”を実感できるとの事ですが、何も見えず、天候ばかりはどうしようもありません。

<シントラの街とレプブリカ広場(手前) 2016年6月13日12:49>

ロカ岬の後は再びバスで30分ちょっと東に走って、シントラに着きました。

シントラ(Sintra)は、ポルトガルの首都リスボンの西28kmにあり、ポルトガル王家の避暑地として愛された、風光明媚な山間の町です。その歴史は7~8世紀、イベリア半島に侵入したイスラム教徒のムーア人が城を建設したことに始まり、12世紀に初代ポルトガル王アルフォンソ1世がムーア人から奪回しました。英国の詩人バイロンはこの町を「この世のエデン」と称えています。

<霧のかかるシントラの王宮 2016年6月13日13:00>

我々はレプブリカ広場の前に建つ王宮を見ました。
2本の巨大な煙突が特徴的な王宮は、14世紀にエンリケ航海王子の父ジョアン1世が夏の離宮として建て、16世紀にマヌエル1世が莫大な富をつぎ込み増築しました。内装には高価なアズレージョ(装飾タイル)が多用され、大航海時代の繁栄を偲ばせます。

<シントラ王宮の白鳥の間 2016年6月13日12:09>

宮殿には、「アラブの間」「白鳥の間」「人魚の間」「カササギの間」などの絢爛豪華な部屋があり、いずれの部屋もアズレージョで装飾されています。
中でも「白鳥の間」(上の写真)は宮殿内で最も広く、晩餐会や舞踏会の場となり、1584年に天正遣欧使節団もこの部屋に招かれました。

<レストラン「Leao d'Ouro」正面@リスボン・バイシャ地区 6月13日15:28>

そして、その後は再びリスボンに戻り、宿泊ホテルに近いレストラン「Leao d'Ouro」に入りました。「Leao d'Ouro」は壁や柱にアズレージョの装飾があり、雰囲気の良い、魚介類中心のレストランでした。

<レストラン「Leao d'Ouro」の店内 2016年6月13日15:26>

ランチのメインはタコの雑炊でしたが、これも我々日本人の口に合い、美味しかったです。

海藻の入ったスープ

タコの雑炊

エッグタルト

ランチの後は自由時間となりました。
我々はリスボン市内のケーブルカーに乗りに行きます。